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橋ものがたり

東北地方太平洋沖地震被災橋梁調査

UJNR作業部会G(橋梁ワークショップ)

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橋ものがたり
エピソード3 暮らしをつなぐ
大阪・中之島
(写真:フォトライブラリー)
橋が架かることで、人だけでなく物もまた行き来し、やがてそれは「交易」となりました。

日本でも、古くから商業で栄えた大阪には、数多くの橋が存在していました。江戸時代には大阪は、「江戸の八百八町」「京都の八百八寺」と並んで、「浪華(なにわ)の八百八橋」と呼ばれていたほどです。

大阪の橋の多くは、町人たちが自ら出資して作ったものです。自分たちの暮らしを支え、つなぐ「橋」の大切さを、大阪の商人たちは知っていたのかもしれません。

橋は、道と道をつなぐことで物の行き来を容易にし、人々の暮らしを豊かに、便利にしていきました。
 
エピソード4 国づくりを支えた橋
橋は文化や交易だけでなく、人類の発展の歴史そのものでもあります。

古代ローマ帝国が築いた橋は、今でも利用可能なほどの高い技術力で作られています。このような技術や文化は、ローマ帝国の領土拡大とともに各地へ伝わり、強固で優雅な橋は、街のシンボルでもあり、都市国家形成の重要な役割を担っていました。

日本橋
(写真:フォトライブラリー)
『日本書紀』に登場する日本最古の橋「御木(みけ)のさ小橋」は、自然の倒木を使った丸太橋といわれています。この橋は、ヤマトタケルノミコトに九州の熊襲(くまそ)、東国の蝦夷(えみし)を平定させた景行天皇が九州へ巡狩(じゅんしゅ)した時に、役人たちが行き来するのに使っていたといわれています。

また、東京都中央区にある「日本橋」は、江戸幕府の開府と同時に架けられ、東海道・中山道・日光街道等の起点とされました。今でも日本の道路の起点であり、交通の要衝としての役割を果たしています。

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