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IV 河川・湖沼における自然環境の復元技術に関する研究

→個別課題の研究要旨

研究期間:平成13年度~17年度
プロジェクトリーダー:水循環研究グループ上席研究員(河川生態) 尾澤卓思
研究担当グループ:水循環研究グループ(河川生態)
 
1. 研究の必要性
 
多様な生物の生息・生育地として、また人が自然環境に触れ合える身近な空間として重要な水辺の自然環境を適正に保全するため、事業に伴う自然環境への影響を回避、低減したり、新たに動植物の良好な生息・生育場を維持、形成するなどの自然環境の保全・復元技術の開発が求められている。

2. 研究の範囲と達成目標
 
本重点プロジェクト研究では、河川、湖沼における自然環境の保全・復元技術のうち、河川におけるインパクト・レスポンスの解明、河川の作用を利用した生物の生息・生育空間の形成手法の開発、湖岸植生帯の保全復元手法の開発、ITを活用した観測技術の開発、水域のエコロジカルネットワークの保全・復元手法の開発を行うことを研究の範囲とし、以下の達成目標を設定した。
    (1) 人為的インパクトと流量変動が河川の自然環境に及ぼす影響の解明
    (2) 河川の作用を利用した生物の生息・生育空間の形成手法の開発
    (3) 湖岸植生帯による水質浄化機能の解明と湖岸植生帯の保全・復元手法の開発
    (4) ITを用いた生物の移動状況の把握手法の開発
    (5) 水生生物の生息、生育におけるエコロジカルネットワークの役割の解明とエコロジカルネットワークの保全・復元手法の確立

3. 個別課題の構成
 
本重点プロジェクト研究では、上記の目標を達成するため、以下に示す研究課題を設定した。
    (1) 河川環境におけるインパクト・レスポンスに関する調査(平成13年度~17年度)
    (2) 変動を加味した河川の正常流量に関する基礎調査(平成13年度~17年度)
    (3) 水辺植生帯の環境機能に関する調査(平成13年度~16年度)
    (4) ITを活用した野生生物追跡調査手法の開発(平成13年度~17年度)
    (5) 水域の分断要因による水生生物への影響の把握と水域のエコロジカルネットワークの保全・復元手法に関する研究(平成14年度~17年度)
このうち、平成13年度は(1)、(2)、(3)、(4)の4課題を実施している。

4. 研究の成果
 本重点プロジェクト研究の個別課題の成果は、以下の個別論文に示すとおりである。なお、「2. 研究の範囲と達成目標」に示した達成目標に関して、これまでに実施してきた研究と今後の課題について要約すると以下のとおりである。

(1) 人為的インパクトと流量変動が河川の自然環境に及ぼす影響の解明
 
「河川環境におけるインパクト・レスポンスに関する調査」においては、河川工事に伴って発生する人為的な高濃度の濁りの影響について実験的研究を行った。Newcombeらは、濁りの影響をランク分けし、濁水の濃度と持続時間が魚類や水生生物に与える影響について関係式を求めているが、この関係をわが国の魚種(アユ、ヤマメ、カジカ)に当てはめて検討を行った結果、濁りの影響は、魚種、濁りの成分によって異なるものの、基本的にはNewcombeの考え方が我が国においても適用できることを確認した。
 また、「変動を加味した河川の正常流量に関する基礎調査」においては、出水を与えた実験河川Bと流量を一定とした実験河川Cを比較し、流量変動が河川生物に及ぼす影響として、以下の結果を得た。(1) 出水により植物の繁茂が抑制され、水際および水域における植被が減少した。(2) 河床付着物の流失とともに流下する底生動物が確認されたが、非常に短期的なものであった。(3) 付着藻類への影響は明瞭ではなかった。(4) 出水を与えた実験河川Bの方が魚類の生息個体数が多かったが、個体サイズは実験河川Cの方が大型であった。なお、後者については、植生繁茂の違いにより、実験河川Cの水深が相対的に大きかったことが要因として考えられる。
今後は、これらの研究をさらに推進することによって、人為的インパクトと流量変動が河川の自然環境に及ぼす影響を解明し、さらには、河川環境を適切に保全するための流水管理手法の提案を目指す予定である。

(2) 河川の作用を利用した生物の生息・生育空間の形成手法の開発
 
本目標に対する研究は平成14年度より実施する予定である。

(3) 湖岸植生帯による水質浄化機能の解明と湖岸植生帯の保全・復元手法の開発
 
「水辺植生帯の環境機能に関する調査」において、霞ヶ浦の湖岸植生の減少原因を解明するため、波浪変形モデル、沿岸流モデル、地形変化モデルから構成される湖岸地形変化のシミュレーションを行った。その結果、境界条件として湖岸の反射率を高く設定したケースでは、強い沿岸流が発生し、湖岸侵食が促進されること、一方、反射率を低く設定したケースでは、侵食量が抑制されることが分かった。このことから、湖岸植生の急激な減少要因の一つが湖岸堤の設置にあること、湖岸の反射率を下げるような工夫が湖岸植生の保全に有効であることが明らかとなった。今後は、この成果を踏まえて、湖岸植生帯による水質浄化機能の解明とともに、湖岸植生保全、復元のための具体的な手法についてさらに検討を加えていく予定である。

(4) ITを用いた生物の移動状況の把握手法の開発
 
「ITを活用した野生生物追跡調査手法の開発」において、野生動物に取り付ける小型発信機を開発し、この発信機を用いて宮崎県の北川において野生動物の行動追跡を行った。北川では河川工事が行われ、振動や騒音が発生している状況であったが、タヌキの行動形態に関するデータ、特に、河川工事に伴ってタヌキの行動圏が狭まったことを示す貴重なデータが得られるとともに、発信機の性能、信頼性が確認された。今後は、3次元化などシステムの高度化を図るとともに、鳥類など、他の動物種のデータも蓄積していく予定である。

(5) 水生生物の生息・生育におけるエコロジカルネットワークの役割の解明とエコロジカルネットワークの保全・復元手法の確立
 
本目標に対する研究は平成14年度より実施する予定である。


個別課題の成果

4.1 河川環境におけるインパクトレスポンスに関する調査

    研究予算:運営費交付金(治水勘定)
    研究機関:平13~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:尾澤卓思、伊藤弘之、萱場祐一、村岡敬子、皆川朋子、林田寿文
【要旨】
 本研究では、河道改修等に起因する様々なインパクトによる魚類や河道植生など河川に生息・成育する生物への応答を解明し、インパクトの低減手法や保全手法を解明するために、全国の事例を参考に研究を進めている。例えば河川事業に伴う濁水の発生は、魚類に直接・間接的に影響を与える。平成13年度は、濁水の濃度と持続時間が魚類(アユ、カジカ、ヤマメ)にどのような影響を与えるのかについて実験的検討を行った。Newcombe らは、サケを中心とした魚および水生生物を対象に濁りの影響を数式化し、段階的に予測することを可能としており、サケ科であるヤマメについてもこの数式による予測値とほぼ一致した。また、その影響は魚種や濁りの成分によっても異なる結果をもたらすことが明らかとなった。
キーワード:インパクトレスポンス、国土技術研究会、濁水、濁り、致死時間


4.2 変動を加味した河川の正常流量に関する基礎調査

    研究予算:運営費交付金(一般勘定)
    研究期間:平13~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:尾澤卓思、萱場祐一、皆川朋子
【要旨】
 本研究は、流量変動が河川水質に与える影響、河川生物に与える影響、土砂供給がハビタット及び生物へ与える影響を定量的に明らかにすることを目的としている。13年度は、出水を与えた実験河川Bと常に一定流量の実験河川Cを比較し、以下を明らかにした。(1)出水により植物の繁茂が抑制され、水際及び水域における植被が減少した。(2)河床付着物の流失と共に流下する底生動物が確認されたが、非常に短期的なものであった。(3)付着藻類への影響は明瞭ではなかった。(4)出水を与えた実験河川Bの方が生息個体数が多かったが、個体サイズは実験河川Cの方が大型であった。後者は、植生繁茂の違いにより水深に差が生じたことが要因として考えられた。(5)以上より、平成13年度における出水の影響は比較的小さかったといえる。これは実験河川の川幅が小さいため、水際と河床に繁茂する植物の影響が強く、出水時河床に働く掃流力が低下することが原因と考えられた。14年度は河岸植生を抑制し検討する予定である。
キーワード:河川流量、変動、生物、水質、出水


4.3 水辺植生帯の環境機能に関する調査

    研究予算:運営費交付金(治水勘定)
    研究期間:平13~平16
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:尾澤卓思、中村圭吾
【要旨】
 湖岸植生帯の侵食は、波浪、湖岸堤、湖浜地形、湖水位等の相互関係で発生する。ここでは霞ヶ浦の湖岸植生帯の侵食過程を海浜の地形変形モデルを適用して検討した。その結果、湖岸堤の反射率が植生帯と比べて高いことが、植生帯前面の沿岸流を増大させ、侵食を促進していることなどがモデルを使って説明できた。これらの結果より、考えられる植生帯保全策を検討するとともに、その効果を作成したモデルにより検討した。
キーワード:湖沼沿岸帯、霞ヶ浦、侵食、波浪、地形変形


4.4 ITを活用した野生生物追跡調査手法の開発

    研究予算:運営費交付金(一般勘定)
    研究期間:平13~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:尾澤卓思 、傳田正利
【要旨】
 本研究では、IT技術を活用した野生生物追跡調査手法としてマルチテレメトリシステムの開発を行っている。本年度は、マルチテレメトリの開発の一環として、調査対象生物の拡大を目的として発信機の小型・軽量・長寿命化の検討を行った。また、マルチテレメトリシステムを活用した野生生物追跡調査手法の開発として、五ヶ瀬川支川北川(宮崎県延岡市)で河川改修時の野生生物の行動追跡を行った。
 その結果、発信機小型・軽量・長寿命化へ開発項目を整理しその基礎設計を行うことができた。また、河川改修時の野生生物(タヌキ)の行動追跡を行った結果、野生生物の行動は変化し、河川改修事業による生息環境の改変が野生生物の行動に影響を与えることが定性的に把握できた。
キーワード:マルチテレメトリシステム、タヌキ、行動生態学、河川改修