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VI 河川・湖沼における自然環境の復元技術に関する研究

→個別課題の研究要旨

研究期間:平成13年度~17年度
プロジェクトリーダー:水循環研究グループ上席研究員(河川生態) 天野邦彦
研究担当グループ:水循環研究グループ(河川生態)

1. 研究の必要性
 多様な生物の生息・生育地として、また人が自然環境に触れ合える身近な空間として重要な水辺の自然環境を適正に保全するため、事業に伴う自然環境への影響を回避・低減したり、新たに動植物の良好な生息・生育場を維持・形成する等の、自然環境の保全・復元技術の開発が求められている。

2. 研究の範囲と達成目標
 本重点プロジェクト研究では、河川・湖沼における自然環境の保全・復元技術のうち、本研究では、河川におけるインパクト-レスポンスの解明、河川の作用を利用した生物の生息・生育空間の形成手法の開発、湖岸植生帯の保全復元手法の開発、ITを活用した観測技術の開発、水域のエコロジカルネットワークの保全・復元手法の開発を行うことを研究の範囲とし、以下の達成目標を設定した。
   (1) 人為的インパクトと流量変動が河川の自然環境に及ぼす影響の解明
   (2) 河川の作用を利用した生物の生息・生育空間の形成手法の開発
   (3) 湖岸植生帯による水質浄化機能の解明と湖岸植生帯の保全・復元手法の開発
   (4) ITを用いた生物の移動状況の把握手法の開発
   (5) 水生生物の生息・生育におけるエコロジカルネットワークの役割の解明とエコロジカルネットワークの保全・復元手法の確立

3. 個別課題の構成
 本重点プロジェクト研究では、上記の目標を達成するため、以下に示す研究課題を設定した。
   (1) 河川環境におけるインパクトレスポンスに関する調査(平成13年度~17年度)
   (2) 変動を加味した河川の正常流量に関する基礎調査(平成13年度~17年度)
   (3) 水辺植生帯の環境機能に関する調査(平成13年度~16年度)
   (4) ITを活用した野生生物追跡調査手法の開発(平成13年度~17年度)
   (5) 水域の分断要因による水生生物への影響の把握と水域のエコロジカルネットワークの保全・復元手法に関する研究(平成14年度~17年度)
このうち、平成15年度は(1)、(2)、(3)、(4)、(5)の5課題を実施している。

4. 研究の成果
 本重点プロジェクト研究の個別課題の成果は、以下の個別論文に示すとおりである。なお、「2.研究の範囲と達成目標」に示した達成目標に関して、平成15年度に実施してきた研究と今後の課題について要約すると以下のとおりである。

(1) 人為的インパクトと流量変動が河川の自然環境に及ぼす影響の解明
 平成15年度は、流量変動と付着藻類及び生産速度との関係、土砂供給が付着藻類、底生動物に与える影響、河床付着物と人間の視覚的評価との関係について実験河川を用いて検討した。その結果、以下のことを明らかにした。(1)出水による付着藻類剥離について、摩擦速度、出水前の付着藻類現存量、付着藻類の質を示す指標等を組み込むことによって表現できることを示した。(2)生産速度については、酸素収支法を用いた把握手法を確立し、これを用いて出水による生産速度及び呼吸量への影響に関する定量的データを得た。(3)土砂供給の有無による出水の付着藻類、底生動物への影響の違いについて、今回の実験条件下においては、付着藻類への影響に差異はみられなかったが、底生動物の個体数等においては、土砂供給有の場合、有意に減少していた。また、流下した土砂が堆積した元河床における個体数は、7日後には堆積前の約6~7%まで減少し、堆積した土砂層には速やかに定着することを明らかにした。(4)河床付着物を対象とした人間の視覚的評価については、河床の「きれいさ」は付着中の有機物量とクロロフィルa量と相関が高く、有機物量は約5g/m2、クロロフィルaは20mg/m2以下であれば概ねきれいと評価されること、また、色も判断要因になっていることを明らかにした。
  今後は、藻類の魚類餌資源の質としての評価、流量変動と生産速度及び水質の関係、土砂供給とハビタット、生物との関係を明らかにし、今後の河川流量管理に資するための流量変動の考え方について検討する予定である。

(2) 河川の作用を利用した生物の生息・生育空間の形成手法の開発
 平成15年度は、捷水路建設に伴う環境影響分析手法作成のための基礎資料にするため、直線河道で交互砂州が発生している水域におけるハビタット(淵、とろ、平瀬、早瀬)の分布状態と各ハビタットの量を算定した。また、河床低下、河原植物の減少、外来種の進入が問題となっている鬼怒川(95,87km近辺)を対象とし、物理環境特性と植生、物理環境特性と流量変動のそれぞれの関係について分析し、河川管理に利用可能な基礎資料を得ることを目的とし、現地調査を行った。その結果、以下のことを明らかにした。(1)交互砂州が発生する場合のハビタットの量的比率は平均河床勾配と関係が見られた。(2)河川規模が異なると、同一河床勾配でもハビタットの量的比率は異なる傾向がある。(3)鬼怒川においては、冠水頻度により形成する群落の規模が変わる可能性が伺えた。たとえば、シナダレスズメガヤ(外来種)の被度が大きい地点はすべて500m3/secで冠水する地点であった。(4)微地形の測定により、これまで把握できなかった生息場としての環境の構造を明らかにすることが可能となった。
  今後は、交互砂州の波高(発達程度)や流量の多少が量的比率に及ぼす影響を検討する必要がある。また、他の区間での傾向や他の植物種との関係,経年的な検討など,より詳細な分析が必要である。

(3) 湖岸植生帯による水質浄化機能の解明と湖岸植生帯の保全・復元手法の開発
 平成15年度は、空中写真を利用し浸食箇所を抽出し、植生帯の経年変化を整理し、侵食要因となると考えられる湖岸建設、船溜、排水口、その他の要因の影響を分析した。その結果、以下のことを明らかにした。(1)1962年~1972年ではどのエリアにおいても植生帯面積は増加または横ばいであった。(2)植生帯の減少が始まったのは、西浦、北浦でほぼ共通しており、1972~1985年であった。(3)年間の減少率が高かったのは、1982年~1985年であった。(4)1985年からは、植生帯の面積減少速度が遅くなった。(5)全体として、多くの湖岸では植生帯増加(1960-1980)→植生帯減少(1980-2003)というプロセスをたどっていることがわかった。(6)一部の湖岸(和田岬、大山)では、砂浜→草地化(植生帯増加)→植生帯減少というプロセスも見られた。(7)水位の上昇や全域的な湖岸建設の影響に加えて、局所的な湖岸建設(湖岸堤建設)の影響が大きいことがわかった。また、湖岸堤前面の植生が失われ、コンクリートに直接波浪が作用(湖岸堤露出)すると侵食が進むことも示唆された。船溜は沿岸標砂を止める働きがあるので標砂の下流側において浸食顕著になる傾向があった。ただしその上流側では浸食を抑制する傾向もあった。(8)浸食要因の寄与率を求めたところ、直接的な影響として、湖水位の上昇と波浪による影響が40%、間接的な影響として湖岸提の反射の影響33%、湖岸堤からの沿い波の影響20%、舟溜の反射による影響9%であった。
  今後は、既存の植生帯保全構造物の効果の検証、舟溜の影響分析及びその対策法、工学的な観点からの復元工法の検証とその改良点を提案する。

(4) ITを用いた生物の移動状況の把握手法の開発
 平成15年度は、MTSの汎用化(低コスト・可般型)、MTSの高度化(位置探査精度の向上)、追跡対象生物の拡大を目指し以下の開発を実施した。(1)小型MTSの開発、(2)MTSの位置探査アルゴリズムの改良及び受信局のデータサンプリング方法の改良、(3)一般的に使用されている間欠型発信機に対応するアルゴリズムの開発。
  その結果、以下の成果が得られた。(1)に関しては、廉価版MTS、可般型MTSが開発された。(2)に関しては、位置探査誤差が改修前は誤差20mであったのに対し誤差5m以内に向上した。(3)に関しては、間欠型発信機にMTSが対応可能になり、間欠型発信機の位置特定が可能になった。間欠型発信機を固定点に設置しての機能試験レベルになるが、位置特定に成功し、魚類、鳥類への適応の可能性が示唆された。
  今後は、実際の魚類、鳥類にMTSを適応し、行動を追跡する実証実験を行う予定である。

(5) 水生生物の生息・生育におけるエコロジカルネットワークの役割の解明とエコロジカルネットワークの保全・復元手法の確立
 平成15年度は魚類の生息・生育場の視点から河川・水田地域の歴史的な変遷を整理すると共に、荒川および霞ヶ浦に注ぐ小河川おいて水域ネットワークの魚類の利用状況と分断による影響の調査を行った。その結果、以下のことを明らかにした。(1)魚類の利用形態からみると、水田は河川周辺に広がる氾濫原や後背湿地を起源とするものと、山裾の湧水などを利用した谷津田に分けられる。前者では、水田が氾濫原等の代替としての一時的水域としての機能をもつ場合が多く、後者では周辺の地形と一体となって谷津田特有の生態系をつくることが多い。(2)河川-水田地域においては、水域ネットワークの分断要因は、樋管や給排水システム上の物理的な分断だけでなく、人為的な水管理も魚類に影響を与えている。(3)霞ヶ浦周辺の谷津田の水路においては、山裾の水田特有の生態系が維持されており、下流に設置されている堰が下流域からの外来魚の侵入を防いでいた。
  今後は、人為的な水管理が魚類の生活史に大きな影響を与えている水田地域における影響低減の方策について検討する必要がある。


個別課題の成果

6.1 河川環境におけるインパクトレスポンスに関する調査

    研究予算:運営費交付金(治水勘定)
    研究機関:平13~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:天野邦彦、萱場祐一、村岡敬子、大石哲也
【要旨】
 自然環境の保全に対する関心が高まる中、河川事業においても事業に伴う自然環境へのインパクトの回避・低減および劣化した自然環境の復元に対する要請が高まっている。本研究は、河川管理に伴う物理的なインパクトの影響を最小限に抑えるために、河川事業が自然環境に与える影響の予測手法を得ることを目標に実施しているものである。平成15年度は、捷水路建設に伴う環境影響分析手法として、直線河道で交互砂州が発生している場合のハビタットの量的比率の測定を行った。また、近年シナダレスズメガヤの分布域が拡大しつつある鬼怒川を対象として、河床低下とシナダレスズメガヤの分布域拡大との関係について現地調査及び水理計算により検討を行った。

キーワード:インパクト、レスポンス、国土技術研究会、捷水路建設、シナダレスズメガヤ


6.2 変動を加味した河川の正常流量に関する基礎調査

    研究予算:運営費交付金(一般勘定)
    研究期間:平13~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:天野邦彦、萱場祐一、皆川朋子
【要旨】
 本研究は、河川生態系に配慮した河川流量管理に資するため、流量の変動が河川生物・水質に与える影響、土砂供給がハビタット及び生物に与える影響を定量的に明らかにすることを目的としている。15年度は、流量変動と付着藻類及び生産速度との関係、土砂供給が付着藻類、底生動物に与える影響、河床付着物と人間の視覚的評価との関係について実験河川を用いて検討した。その結果、以下を明らかにした。
(1) 出水による付着藻類剥離について、摩擦速度、出水前の付着藻類現存量、付着藻類の質を示す指標等を組み込むことによって表現できることを示した。
(2) 生産速度については、酸素収支法を用いた把握手法を確立し、これを用いて出水による生産速度及び呼吸量への影響に関する定量的データを得た。
(3) 土砂供給の有無による出水の付着藻類、底生動物への影響の違いについて、今回の実験条件下においては、付着藻類への影響に差異はみられなかったが、底生動物の個体数等においては、土砂供給有の場合、有意に減少していた。また、流下した土砂が堆積した元河床における個体数は、7日後には堆積前の約6~7%まで減少し、堆積した土砂層には速やかに定着することを明らかにした。
(4) 河床付着物を対象とした人間の視覚的評価については、河床の「きれいさ」は付着中の有機物量とクロロフィルa量と相関が高く、有機物量は約5g/m2、クロロフィルaは20mg/m2以下であれば概ねきれいと評価されること、また、色も判断要因になっていることを明らかにした。
  今後は藻類の魚類餌資源の質としての評価、流量変動と生産速度及び水質の関係、土砂供給とハビタット、生物との関係を明らかにし、今後の河川流量管理に資するための流量変動の考え方について検討する予定である。

キーワード:出流況、付着藻類、底生動物、自浄作用、出水


6.3 水辺植生帯の環境機能に関する調査

    研究予算:運営費交付金(一般勘定)
    研究期間:平12~平16
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:天野邦彦,中村圭吾,大石哲也
【要旨】
 持続可能な自然資源として湖沼と共生していくために沿岸帯の保全・復元が求められている。このため、本研究は水辺植生帯の浸食機構を検討し、その要因を明らかにするとともに水辺植生帯の水質浄化作用を明らかにすることを目標として実施するものである。本年度は、霞ヶ浦において、舟溜と護岸の反射の影響による植生帯へ及ぼす浸食機構を解明するため、大船地区の舟溜を対象に現地調査並びに波浪場の数値解析を行った。その結果、北北東から吹く風による反射の影響が最も高かった。その対策として、舟溜及び湖岸堤の前面に消波工を被覆すると仮定した場合と沖合側に消波堤を設置すると仮定した場合を検討したところ、どちらもその効果が認められ、対策を施さない場合に比べて最大で8cm程度の波高の低下が見られた。

キーワード:湖岸植生帯、波浪解析、舟溜、対策工


6.4 ITを活用した野生生物追跡調査手法の開発

    研究予算:運営費交付金(治水勘定)
    研究期間:平13~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:天野邦彦、傳田正利
【要旨】
 平成15年度は、MTSの汎用化(低コスト・可般型)、MTSの高度化(位置探査精度の向上)、追跡対象生物の拡大を目指し以下の開発を実施した。(1)小型MTSの開発、(2)MTSの位置探査アルゴリズムの改良及び受信局のデータサンプリング方法の改良、(3)一般的に使用されている間欠型発信機に対応するアルゴリズムの開発。
  本開発の結果、以下の成果が得られた。(1)に関しては、廉価版MTS、可般型MTSが開発された。(2)に関しては、位置探査誤差が改修前は誤差20mであったのに対し誤差5m以内に向上した。(3)に関しては、間欠型発信機にMTSが対応可能になり、間欠型発信機の位置特定が可能になった。間欠型発信機を固定点に設置しての機能試験レベルになるが、位置特定に成功し、魚類、鳥類への適応の可能性が示唆された。今後は、実際の魚類、鳥類にMTSを適応し、行動を追跡する実証実験を行う予定である。

キーワード:テレメトリ、野生動物、自動行動追跡、汎用テレメトリシステム


6.5 水域の分断要因による水生生物への影響の把握と水域のエコロジカルネットワークの保全・復元手法に関する研究

    研究予算:運営費交付金(一般勘定)
    研究期間:平14~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:天野邦彦、村岡敬子、大石哲也
【要旨】
 水田地域は魚類の生息・生育の場として重要な場であり、水田地域を再生産の場として一時的に利用する魚種も少なくない。近年の河川・水田地域における整備は水域ネットワークを分断させ、そこに生息する魚類等に大きな影響を与えている。本研究は河川・水田地域におけるこのような変化が、河川と水田地域を行き来する魚類等の生息環境に与えた影響を把握するとともに、これらの水域環境・水域ネットワークの保全・復元のための方策を提案することを目的に、魚類の生息・生育場の視点から河川・水田地域の歴史的な変遷を整理すると共に、荒川において魚類の利用状況の調査を行った。

キーワード:氾濫原、一時的水域、魚類生息環境、水田、湿田