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VIII 閉鎖性水域の底泥対策技術に関する研究

→個別課題の研究要旨

研究期間:平成14年度~17年度
プロジェクトリーダー:水循環研究グループ長 坂之井和之
研究担当グループ:水循環研究グループ(河川生態、水質)、材料地盤研究グループ(リサイクル)

1. 研究の必要性
 湖沼等の閉鎖性水域においては、富栄養化をはじめとした水環境の悪化が進行し、水利用や生態系への悪影響が生じている。このため、閉鎖性水域において、健全な水環境を確保するため、水・物質循環の解明とともに、特に底泥対策に関する技術開発が強く求められている。

2. 研究の範囲と達成目標
 本重点プロジェクト研究では、湖沼等の閉鎖性水域における水環境のメカニズムの中で解明が遅れている「底泥物質が水質に与える影響」に焦点を当て、底泥における栄養塩類の堆積・溶出のメカニズムの解明と、これを踏まえた水環境改善のための底泥対策手法、流入河川からの堆積物抑制手法等の開発を行う。このため、以下の達成目標を設定した。
   (1) 底泥からの栄養塩類溶出量の推定手法の開発
   (2) 水環境を改善するための底泥安定化手法の開発
   (3) 流入河川からのセディメント(堆積物)の抑制手法の開発

3. 個別課題の構成
 本重点プロジェクト研究では、上記の目標を達成するため、以下に示す研究課題を設定した。
   (1) 底泥-水間の物質移動に関する調査
   (2) 底泥中の有機性有害物質の実態および挙動に関する研究
   (3) 湖底生態系に配慮した新しい底泥処理技術に関する基礎的研究
   (4) 流入河川からのセディメント(堆積物)の抑制手法の開発

4. 研究の成果
 本重点プロジェクト研究の個別課題の成果は、以下の個別論文に示すとおりである。なお、「2.研究の範囲と達成目標」に示した達成目標に関して、平成17年度に実施した研究内容と全体の成果を要約すると以下のとおりである。

(1) 底泥からの栄養塩類溶出量の推定手法の開発
 本達成目標は、底泥が水質に与える影響評価手法を確立するため、底泥からの栄養塩類等の溶出に関する溶出機構の解明、および、溶出量推定手法の提案を行うとともに、底泥からの溶出に関する測定技術の開発を行うものである。
 調査では,ダム貯水池底泥に関して、底泥性状の季節変動調査、底層水への高濃度酸素供給が底泥間隙水に与える影響調査、長期酸素供給が底泥性状に与える影響調査、モニタリングデータを用いた溶出速度検討を行うとともに、霞ヶ浦底泥を用いた巻き上げ時の溶出状況調査を行い、以下の結果を得た。
1)ダム貯水池の底泥性状について季節変動を調べることにより、底層水DO濃度の間隙水TOC濃度への影響、間隙水TOC濃度と間隙水PO4-P濃度の関係、間隙水NH4-N濃度分布に影響する因子など、溶出機構について未解明であった部分を明らかにした。
2)底層水への高濃度酸素供給が、底泥間隙水中のTOC、NO3-N、PO4-P濃度に与える影響を明らかにし、DOの供給によりPO4-P溶出が抑えられる機構を明らかにした。
3)底泥試料の上相水を長期間好気状態に保つ実験により、好気条件を持続させること底泥性状を改善すること,間隙水PO4-P・NH4-N濃度に与える影響を明らかにした。
4)ダム貯水池における連続的な水質モニタリングデータを用いてモデルシミュレーション計算を行い、貯水池底泥からの溶出速度を算出し、室内溶出試験における測定値に近い推定値を得た。
5)霞ヶ浦底泥を用いて、湖水流動時の底泥巻き上げに伴う栄養塩類溶出特性を明らかにした。

(2) 水環境を改善するための底泥安定化手法の開発
 本達成目標は底泥中の有機性有害物質の実態把握と挙動解明及び湖底生態系に配慮した底泥処理技術に関する提案を行うものである。
 「底泥中の有機性有害物質の実態および挙動に関する研究」については,閉鎖性水域の底泥中の有機性有害物質である多環芳香族炭化水素類(PAHs)の実態把握と挙動解明を行うものである.比較的人為的な汚染が進んでいる手賀沼の底泥の表層試料中のPAHsの定量を行ったところ、既に報告されている閉鎖性水域の汚染の範囲内にあり、より汚染程度が低いと思われる水域と同程度であった。また、流入河川の河口近傍で沈積しており、湖内湖等の設置による積極的な沈殿除去の可能性が示唆された。底泥の年代測定の結果,大気汚染の著しかった1960年代と比較して近年のPAHsの堆積速度は低下していることが分かった。また、比較的人為的な汚染が進んでいないと予想された白池の底泥中のPAHsの定量の結果、山間部の水域であっても底泥のPAHs含有量が少なくないことが明らかとなった。さらに、道路橋などから局所的なPAHs負荷がもたらされている可能性が示唆されるとともに,汚染の由来として排ガスおよび道路堆積物が推定された。また,手賀沼に関するベンゾ[a]ピレンの物質収支の試算結果によると、河川等の流入が主要な負荷源であることが推定された。平成17年度の研究では、大気降下物による湖面への直接負荷よりも河川等の流入が手賀沼へのPAHsの主要な負荷源であり、大気降下物に含まれる燃焼生成物由来のPAHsに加えて、路面等から流出する油由来のPAHsも手賀沼に流入して底泥に堆積しているものと考えられた。国内では底泥中のPAHsに関する環境基準は定められていないが、海外で提示されている基準および基準案と比較すると,ほぼ無影響とされる閾値を超えた測定値は若干見受けられたものの、高い可能性で影響が予想される閾値を超えた地点はなかった。今後も,定期的なモニタリング調査等により、PAHs等の底泥中に堆積しやすい有機性有害物質の実態および挙動に注意を払うことが望ましいと考えられる。
 「湖底生態系に配慮した新しい底泥処理技術に関する基礎的研究」については、生態系修復そのものを湖沼水質改善に利用するために、沈水植物群落の再生技術確立を目指したものである。現地観測結果から、浮葉植物は消波効果を持ち、これが底泥の巻上げ抑制に寄与していることが明らかになった。このことから植生の消波効果に基づく底泥巻上げ抑制効果を算定する数値シミュレーションモデルを作成し、現地観測結果に基づいたパラメータ設定を行ったところ、現場で観測された底泥巻上げの変化特性を精度良く再現することが可能となった。このモデルを利用することで、浅い湖沼における植生による底泥巻上げ抑制効果の定量的評価解析が可能となった。水生植物群落を再生することで、浅い湖沼における底泥巻き上げの抑制が可能であり、これにより透明度が向上することで沈水植物の再生が可能になると考えられる。また、沈水植物種再生のための底泥中に存在する水生植物の散布体(種子や卵胞子など)回収技術を確立するために、霞ヶ浦における底泥中の散布体密度、発芽ポテンシャルの分布を、底泥コアサンプルを取得することによる底泥中の散布体抽出、発芽試験等により調査した。その結果、霞ヶ浦においては、湖岸形状が入り江状になっている箇所、流入河川河口部付近で散布体密度が高くなる傾向を示し、底泥の表層付近よりは20cm~40cmの層で高密度の散布体が存在し、発芽ポテンシャルも高いことが分かった。発芽可能性の高い散布帯体が多く存在する場所を特定して、その場所の底泥を重点的に採取し、まき出しを行うことで、効率の良い沈水植物種の再生に寄与することが出来ると考えられる。今後、現場での現地実験に本手法を適用して実証実験を行う予定である。

(3) 流入河川からのセディメント(堆積物)の抑制手法の開発
 本達成目標は湖沼における面原負荷対策として「湖内湖浄化法」の技術開発および効果の検証を行うものである。湖内湖浄化法とは、湖沼などに流入する河川の河口に仕切り堤などを用いて人工的に設置された小さな水域(湖内湖)を使用して汚濁削減を図る浄化手法である。浄化効果について川尻川に設置した湖内湖を中心に検討した。湖内湖に底泥として新たに堆積した量を河川から流入する汚濁負荷量で除することにより年間の除去率を算出し、その結果、平成18年1月現在で流入負荷量に対しCODMnの32%、窒素の27%、リンの87%が湖内湖に堆積していると推定された。また、湖内湖に堆積している底泥が河川由来なのか、湖沼由来なのかを明らかにすべく、土砂の粒径、カルシウム、全リン、鉄、シリカを対象に流入土砂、底泥、湖底の組成分析を行い、堆積底泥の多くが河川由来であることを明らかにした。さらに湖内湖における浄化の機構として脱窒機能の調査を実施した。脱窒量の調査は現場で窒素ガスを直接採取して評価し、湖内湖においては、河口付近において硝酸態窒素の供給、底層付近の貧酸素化などが要因となり、脱窒が盛んであることが窒素ガスの調査から示唆された。窒素ガス量から脱窒量を試算すると夏季には河口付近で400-500 mg/m2/dayの脱窒速度があり、1年間の湖内湖における脱窒量は520 kg/yearと見積もられた。これは流入窒素負荷量の6.6% 程度であった。最終年度に、霞ヶ浦に設置されている4つの湖内湖の浄化効果を比較し浄化効果を検討した。その結果、流入負荷量に対する堆積負荷量を除去率として求めた値は、CODで6.8~46%、全窒素で1.6~27%、全リンで8.2~87%となった。除去率は、湖内湖の時間・面積あたりの流入負荷量である負荷速度と最も関係が深く、負荷速度が設計諸元として重要であることが分かった。また、湖内湖浄化法同様、湿地の機能を利用した浄化法である湿地浄化法との比較を行い、湖内湖浄化法で得られた通年の効果と湿地浄化法は同等の効果があることを示した。

5. 事業・社会への貢献
 本重点プロジェクト研究で得られた成果の事業・社会への貢献事例は、次の通りである。

(1) 底泥からの栄養塩類溶出量の推定手法の開発等
 湖沼等の水柱及び表層底泥の水温、DO及びORP等を連続モニタリングシステムで把握し、このデータから栄養塩溶出量を精度良く推定する手法を開発した。また、このモニタリングシステムを活用して効率的な運転制御を行いながら、高濃度酸素水を底層部に供給することにより底層のDO環境を改善するシステム・装置を共同開発した((独)土木研究所、横河電機(株)、松江土建(株))。さらに、栄養塩類溶出量推定の精度向上のため、底泥溶出速度試験(河川水質調査要領)の改良方法を提案した。

(2) 水生植物群落の修復による湖沼水質改善手法の開発
 浅い湖沼における水質改善は、流入河川水質が向上しても底泥の巻上げによる水質汚濁が抑制されない限り効果が限定的であり、沈水植物群落の再生等による底泥巻き上げ抑制技術が必要となる。沈水植物群落の再生技術として、具体的には浮葉植物群落や人工的に設置する消波カーテンを利用した巻上げ抑制手法の開発、沈水植物群落再生に利用する底泥中の散布体(種子や卵胞子など)の効率的回収のための調査法の開発を行った。これらについては、特許出願中である(特願2005-193674)。また、再生適地の選定のために水生植物群落による底泥巻上げ抑制効果評価モデル(数値シミュレーションモデル)を開発した。本手法を利用した再生事業が印旛沼においては既に開始されており、霞ヶ浦においても湖岸帯整備において本手法を利用することが計画されている。

(3) 湖内湖浄化法
 湖内湖浄化法については「湖内湖の設計のための手引き」を取りまとめ中だが、土木研究所の研究成果を受けて、すでに霞ヶ浦では4箇所設置されており、当初に設置された川尻川の湖内湖は、21世紀「人と建設技術」賞を受賞している。国外の湖沼でも実施が検討されており、土木研究所で研修したJICAの研修員が雲南省において類似の浄化施設を設置し成果を上げている。また、陸水学会編集の「陸水の事典」においても専門用語として取り上げられており、新たな学術用語として認知されている。


個別課題の成果

8.1 底泥-水間の物質移動に関する調査

    研究予算:運営費交付金(治水勘定)
    研究機関:平13~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(水質)
    研究担当者:鈴木穣、阿部千雅
【要旨】
 湖沼等の閉鎖性水域では、流域からの流入及び内部生産によって生じる汚濁物質は、水との界面付近の底泥に蓄積することが多く、また、底層環境の季節変化等によっては底泥から溶出することにより水質に悪影響を及ぼすことがある。このため、底泥と水が存在する環境下における汚濁物質の挙動を解明することは、健全な水環境の保全のために重要な課題である。本調査は、富栄養化対策の観点から底泥-水間の栄養塩類の移動現象を解明することを目的としている。
 平成13年度から平成17年度にかけて富栄養化の現象がみられる湖沼やダム貯水池における現地調査、底層環境改善実験、及び、採取した底泥サンプルを用いた室内実験などを行った。その結果は以下に示す通りである。
1)底質からの栄養塩溶出機構については、底泥性状と溶出の関係、外力におる底泥表面の変化と溶出の関係、湖水の水質と底泥性状の関係についての新しい知見を得た。
2)溶出量推定方法の開発については、土木研究所が共同研究で開発したDO、ORPセンサー等による連続測定をベースとした水柱及び底泥表層の水質モニタリングシステムを用いることによって溶出速度を推定できることが分かった。
3)溶出試験方法については、現存マニュアルには記載されていない重要なポイントについて整理し提案した。

キーワード:底泥、栄養塩、溶出、DO、ORP、モニタリング


8.2 底泥中の有機性有害物質の実態および挙動に関する研究

    研究予算:運営費交付金(治水勘定)
    研究期間:平14~平17
    担当チーム:材料地盤研究グループ(リサイクル)
    研究担当者:尾崎正明,山下洋正
【要旨】
 近年,有機性有害物質による環境汚染が懸念されている。閉鎖性水域には,その流域内で発生・使用された有機性有害物質が河川等を経由して集まることが予想されるため,それらの物質による汚染が懸念されている。特に,多環芳香族炭化水素類(PAHs)による底泥の汚染が指摘されている。文献調査によると,PAHsは水試料での検出頻度は低い一方で底泥試料からの検出頻度が高い。また,PAHsの中には閉鎖性水域の河川流入部近傍での局所的な高濃度域の存在が報告されている物質もある。これらのことから,本研究は,閉鎖性水域内の底泥におけるPAHsの分布状況の把握等,存在実態を明らかにすることを目的としている。17年度は,閉鎖性水域の底泥中のPAHs等の有機性有害物質の存在実態に関する研究および閉鎖性水域の底泥中の有機性有害物質の挙動に関する研究を引き続き行うとともに,最終年度として,全体のとりまとめを行った。その結果,大気降下物による湖面への直接負荷よりも河川等の流入がPAHsの主要な負荷源と考えられた。

キーワード:多環芳香族炭化水素類,底泥,実態調査


8.3 湖底生態系に配慮した新しい底泥処理技術に関する基礎的研究

    研究予算:運営費交付金(治水勘定)
    研究期間:平15~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:天野邦彦、時岡利和
【要旨】
 本年度は、印旛沼における浮葉植物の底泥巻上げ抑制効果を現地観測と数値シミュレーションにより調査を行った。また、霞ヶ浦における底泥中の散布体密度、発芽ポテンシャルの分布を、底泥中の散布体抽出、発芽試験等により調査した。その結果、印旛沼における浮葉植物は底泥の巻上げ抑制に寄与していることが明らかになると共に、モデルによる定量的評価解析が可能となった。また、霞ヶ浦においては、湖岸形状が入り江状になっている箇所、流入河川河口部付近で散布体密度が高くなる傾向を示し、底泥の表層付近よりは20cm~40cmの層で高密度の散布体が存在し、発芽ポテンシャルも高いことが分かった。

キーワード:底泥、沈水植物、霞ヶ浦、散布体、年代測定


8.4 流入河川からのセディメント(堆積物)の抑制手法の開発

    研究予算:運営費交付金(一般勘定)
    研究期間:平14~平17
    担当チーム:水循環研究グループ(河川生態)
    研究担当者:天野邦彦、中村圭吾
【要旨】
 湖内湖浄化法とは、湖沼等に流入する河川の河口に仕切り堤などを用いて人工的に設置された小さな水域(湖内湖)を使用して汚濁削減を図る浄化手法をいう。霞ヶ浦には平成10年に設置された川尻川河口の湖内湖をはじめとして4つの湖内湖が存在する。ここでは、この4つの湖内湖の浄化効果を比較し浄化効果を明らかにした。流入負荷量に対する堆積負荷量を除去率として求めた値は、CODで6.8~46%、全窒素で1.6~27%、全リンで8.2~87%となった。除去率は、湖内湖の時間・面積あたりの流入負荷量である負荷速度と最も関係が深く、負荷速度が設計諸元として重要であることが分かった。また、湖内湖浄化法同様、湿地の機能を利用した浄化法である湿地浄化法と比較を行った結果、負荷速度と除去率等の関係は、湖内湖浄化法で得られた通年の効果と湿地浄化法の効果が同程度であることが分かった。

キーワード:湖内湖浄化、面源負荷、非点源負荷、ディフューズポリューション、浄化技術、湖沼