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1.総合的なリスクマネジメント技術による世界の洪水災害の防止・軽減に関する研究

研究期間:平成17年度〜22年度
プロジェクトリーダー:水災害研究グループ長 寺川 陽
研究担当グループ:水災害研究グループ(国際普及、防災、水文)、寒地水圏研究グループ(寒地河川)

1.研究の必要性

 洪水、渇水、土砂災害及び津波・高潮災害などの水に関連する災害は、人類にとって持続可能な開発や貧困の解消を実現する上で克服すべき主要な課題のひとつであり、国際社会の力を結集して取り組むべき共通の課題であるとの認識がさまざまな国際会議の場で示されている。この背景には、近年世界各地で激甚な水関連災害が増加傾向にあり、人口や資産の都市域への集中や産業構造の高度化に伴う資産価値の増大に伴って被害が深刻化していること、および地球温暖化に起因する気候変化が豪雨の発生頻度増大や無降雨期間の長期化をもたらす恐れが指摘されていること等がある。
 こうした背景のもと、わが国がこれまで水災害の克服に向けて蓄積してきた知識や経験をベースに、世界的な視野で水関連災害の防止・軽減のための課題解決に貢献することが求められている。本研究は、我が国と異なる自然・社会条件下にある発展途上国流域における洪水関連災害の防止・軽減に役立てることを念頭に置いて、災害の事前予防及び事後対応並びに構造物対策及び非構造物対策を含めた総合的な洪水リスク管理方策について研究することを目的とする。

2.研究の範囲と達成目標

 本重点プロジェクト研究では、水関連災害のうち、洪水災害及び津波災害に焦点をあてて、災害リスクの評価手法及び災害リスクの軽減方策について具体的な提案の形でとりまとめるための事例研究や技術開発等を行うことを研究の範囲として、以下の達成目標を設定した。
   (1) 地上水文情報が十分でない途上国に適用できる洪水予警報システムの開発
   (2) 発展途上国の自然・社会・経済条件下における洪水ハザードマップ作成・活用ガイドラインの策定
   (3) 構造物対策と非構造物対策の組み合わせによる、リスク軽減効果評価手法の開発
   (4) 動画配信等を活用した人材育成用教材の開発
   (5) 海外流域を対象とした総合的な洪水リスクマネジメント方策の提言
   (6) 河川下流域における津波災害のリスク評価・管理手法の開発

3.個別課題の構成

 本重点プロジェクト研究では、上記の目標を達成するため、以下に示す研究課題を設定した。
   (1) 海外における洪水被害軽減体制の強化支援に関する事例研究(平成18−20年度)
   (2) 発展途上国向け洪水ハザードマップに関する研究(平成17−20年度)
   (3) 人工衛星情報等を活用した洪水予警報のための基盤システム開発に関する研究(平成18−20年度)
   (4) 洪水リスク軽減対策の効果評価手法の研究(平成21−22年度)
   (5) 効果的な技術移転と人材育成手法に関する研究(平成20−22年度)
   (6) 海外流域を対象とした総合的な洪水リスクマネジメントのケーススタディ(平成21−22年度)
   (7) 河川を遡上する津波の水理学的特性の解明とその被害軽減に関する研究(平成18−22年度)
       (平成19年度より「発展途上国における持続的な津波対策に関する研究」に改題・再編)
 このうち、平成18年度は(1)、(2)、(3)、(7)の4課題を実施している。

4.研究の成果

 本重点プロジェクト研究の個別課題の成果は、以下の個別論文に示すとおりである。なお、「2.研究の範囲と達成目標」に示した達成目標に関して、平成18年度に実施した研究と今後の課題について要約すると以下のとおりである。

 

(1)地上水文情報が十分でない途上国に適用できる洪水予警報システムの開発

 人工衛星情報に基づく降雨量データを活用することにより、地上水文情報が不十分な流域にも適用可能な洪水予警報システムの基盤整備に資することを目的として、これまでに開発・提供されている人工衛星雨量の精度を検証した。日本国内の比較的大きな流域での地上雨量観測データと比較することにより、定量的な観測精度には改善の余地があるものの、降雨分布パターンや継続時間については概ね把握できることがわかった。今後何らかの補正手段により精度の向上を図る手法について研究を進める。また、人工衛星雨量情報の入力を前提とした分布型流出モデルの基盤システム開発について、開発コンセプトを設定し、システムの基本設計を実施した。引き続きプロトタイプシステムの開発を継続する。

(2)発展途上国の自然・社会・経済条件下における洪水ハザードマップ作成・活用ガイドラインの策定

 東南・東アジアの8ヶ国(中国、ベトナム、タイ、カンボジア、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ラオス)を対象とした文献調査及びそのうちタイ、カンボジア及びマレーシアの3ヶ国についての現地調査を通じて、洪水ハザードマップの作成、普及の現状と課題及びニーズを調査した。その結果、ハザードマップの作成・普及を進めるためには、国が作成する想定氾濫区域図をもとに市町村レベルで必要な情報を付加するトップダウン方式と作成開始段階から住民と話し合いながら一緒に作成する住民参加方式を効果的に使い分ける必要があることがわかった。今後、人工衛星データを用いた浸水区域図作成の検討を進めるとともに、ケーススタディ結果をもとにして、発展途上国を対象とした洪水ハザードマップ作成・普及ガイドライン(案)をとりまとめる。

(3)構造物対策と非構造物対策の組み合わせによる、リスク軽減効果評価手法の開発

 事例研究を通じて地域ごとの水害脆弱性分析と実現可能な被害軽減体制強化方策をとりまとめる目的で、フィリピンとスリランカを対象として、文献調査に基づく整理、分析を行った。また、既往研究で文献調査を進めていたバングラデシュについて水害被害の発生要因、拡大要因及び被害軽減体制に関する対策の効果についてヒアリング等を通じて追加的な情報収集をした上で、地域の現状をわかりやすく表示する手段として、「防災カルテ」を提案し、これに基づいて被災要因の仮説を設定し、現地調査によって仮説の検証を行った。今後、さまざまな自然、社会条件のもとで、洪水災害に対して脆弱な地域について同様な事例研究を重ねることによって、分析、評価手法の普遍化を目指す。

(4)河川下流域における津波災害のリスク評価・管理手法の開発

 河川下流域における津波災害のリスク評価に資することを目的として、河道内に侵入した津波の水理学的特性について、水理実験による検討を行うとともに、実用的な1次元数値解析手法について検討した。実験の結果、20m程度の計測区間の範囲ですらその最大水位変化量は流れのない静水中でおよそ1.4倍、流れがある場合でおよそ2.5倍程度にまで増加することが示された。また、実験の再現計算を試みた結果、解析対象となる河川の平均的な水深に対して、想定される津波の最大入射波高が大きいの場合の現象の再現には、通常の河川流の解析に適用される浅水流の基礎式に鉛直方向の加速度を考慮する必要があることが示された。今後、河口部の津波災害のリスク評価のツールとしての解析手法の開発等を継続するとともに、アジアモンスーン地域等を対象とした津波・高潮災害のリスクの分析、評価や現地の自然、社会条件をふまえた持続的な津波対策手法の検討を行う。

個別課題の成果

1.1 海外における洪水被害軽減対策の強化支援に関する事例研究

研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平18〜平20
担当チーム:水災害研究グループ(防災)
研究担当者:吉谷純一、竹本典道

【要旨】
 本研究は、地域ごとの水害脆弱性の分析と実現可能な被害軽減体制強化方策を事例ごとに取りまとめるものである。平成18年度は、フィリピンとスリランカの2カ国を選定し、どのような要因で洪水が発生し、洪水によってもたらされた被害がどのようなものかを文献調査を中心に整理・分析した。さらに、既往研究において整理・分析を進めていたバングラデシュについて、水害被害の発生要因・拡大要因及び被害軽減体制に関する対策の効果について、ヒアリング等で追加的に情報収集した上で、防災カルテを提案した。また、防災カルテにもとづき被災要因の仮説を設定し、現地調査によって仮説の検証を行った。

キーワード:水害、危機管理、ケーススタディ、要因分析、海外調査


1.2 発展途上国向け洪水ハザードマップに関する研究

研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平17〜平20
担当チーム:水災害研究グループ(国際普及)
研究担当者:田中茂信、時岡利和、オスティラビンドラ

【要旨】
 発展途上国において、洪水ハザードマップの作成・普及状況の調査を行うと共に、それぞれの国が抱える課題についても調査を行った。その結果、調査を行った東・東南アジア各国においては、いくつかのパイロットサイトで洪水ハザードマップの試作版が作成されているものの、それが公表され広く住民に配布されるまでは至っていなかった。また、現地での聞き取り調査の結果、日本で行われてきたトップダウンによるマップの作成・普及方式の他に、住民との話し合いを通して、その地域に適した洪水ハザードマップを作成していく方法も有効であることが明らかとなった。

キーワード:洪水ハザードマップ、発展途上国、洪水、浸水想定区域図、普及


1.3 人工衛星情報等を活用した洪水予警報のための基盤システム開発に関する研究

研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平18〜平20
担当チーム:水災害研究グループ(水文)
研究担当者:深見和彦、猪股広典

【要旨】
 発展途上国等の地上水文観測網の乏しい河川流域における水害被害を軽減するために、早期洪水予警報システムの整備が、緊急の課題となっている。本研究は、人工衛星によってグローバルに観測される降雨量データを活用し、地上水文資料が不十分な流域でも適用可能な洪水流出解析モデリングシステムと組み合わせることで、現地における洪水解析技術や予警報システム整備の迅速な改善に貢献できる技術の開発を行うものである。
 平成18年度は、現在までに開発されている人工衛星による雨量観測データを地上雨量データと比較してその精度を検証した。また、途上国の現地技術者が、人工衛星雨量を分布型流出モデルに入力して流量計算を行うためのシステムの開発を行った。

キーワード:発展途上国、洪水予警報、人工衛星雨量データ、分布型流出モデル、総合洪水解析システム


1.4 河川を遡上する津波の水理学特性の解明とその損被害軽減に関する研究

研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平18〜平22
担当チーム:寒地水圏研究グループ(寒地河川)
研究担当者:渡邊康玄、安田浩保

【要旨】
 河道内に侵入した津波は波状段波を形成し、波頭部で急激な水位上昇を生じる。静水中における波状段波に関する研究が行われているのみで、河川のような不等流場における知見は非常に乏しい。本研究では、不等流場を遡上する波状段波の水理実験を行い、波頭部の水位上昇率が2倍程度となることを明らかにするとともに、実用に資する1次元の数値解析法を示した。

キーワード:津波、河川、波状段波、水理実験