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昭和三陸地震津波(1933)被災地の空中写真(補足)

昭和三陸地震津波(1933)被災地空中写真について解説ほかを補足しました.

本写真資料の由来

本写真資料は,旧土木研究所(建設省土木研究所)の図書館に長期にわたって保管されていたもので,寸法の異なる52葉のモザイク空中写真が縦65.2×横45.0cmの台紙に貼りつけられ,位置図を手書きした表紙とともに綴じられていました.

資料名は記されておらず,図書資料台帳にも登録されていなかったため,誰が何の目的で作成し,どのような経緯で図書館に保管されていたかという由来は不明のままでした.


資料1 PDF

資料分析の結果,昭和三陸津波被災地の空中写真であることが判明し,戦前の空中写真資料としても貴重であることから,1995年3月に開催された地球惑星科学関連1995年合同大会で紹介しました(資料1).その後の調査によって,極似した写真が「宮城県昭和震嘯誌」や「三陸町史 第4巻 津波編」などに使用されていることを見出しました.さらに報道機関からの情報提供を受け,本写真資料が「三陸津浪に因る被害町村の復興計畫報告書」に使用されている写真図面の原図であることがわかりました.

内務技師 松尾春雄氏の業績

昭和三陸津波被災地の空中写真が,なぜ土木研究所に保管されていたのか,調査を続ける中でその鍵となる一人の研究者の存在に行きあたりました.土木研究所の前身である内務省土木試験所に在所していた松尾春雄 内務技師です.氏は海岸構造物の専門家として知られ,土木試験所の第二部長を歴任されています.

松尾技師は昭和三陸地震津波被害を受けて直ちに現地調査に向かい,「津波の性質および勢力についての研究成果と被害軽減に関する私見」を土木試験所報告として取りまとめています(土木試験所報告,No.24,p83-136).この報告のなかには,昭和三陸津波の被害実態に加え明治三陸津波の津波遡上高の聞き取り調査をした結果がまとめられており,氏の記した数値(綾里村白浜地区で38.2m)が明治三陸津波の最大遡上高とされてきました.

土木試験所は内務省に属し,本省とも緊密な関係にあったことがうかがわれます.本写真資料は,おそらく松尾技師が津波の被害調査を取りまとめる際に参考資料として関係部局から入手し,使用したのではないかと推察されます.

本写真資料の概要


図-1

内務大臣官房都市計畫課発行の「三陸津浪に因る被害町村の復興計畫報告書」(図-1)には,「昭和八年津浪災害復興計畫樹立の爲行へる飛行寫眞測量圖52枚の内本報告書に掲出する40枚の位置を表示し、併せて其各個所に於ける明治二十九年、昭和八年兩囘の波高を圖示せるものなり。」という記述があります.この報告書に掲載されている写真図40枚と同一のものが本写真資料にも含まれており,また写真枚数がこの記述と一致することから,本写真資料は,ここに書かれた52枚の飛行冩真測量圖であると考えられます.なお計畫報告書掲載写真図には,図-2に示すように昭和8年津浪浸水線(実線),明治29年津浪浸水線(破線),および昭和8年家屋流出倒壊区域(ケバ線)が書き加えられていますが,本写真資料の当該写真図(図-3)にはそのような書き込みはありません.また計畫報告書掲載写真図は図-4のような薄紙重ね図とセットになっています.この復興計畫報告書が,復興の一環として被災集落の高台への移転を目的とした適地調査・宅地造成事業計画の立案を企図したものであることがわかります.


図-2

図-3

図-4

ちなみに本計畫報告書の全文はスキャン・テキスト化されており下記のサイトから参照することができます.

http://tsunami.dbms.cs.gunma-u.ac.jp/xml_tsunami/xmltext.php?info=19%20reportmetatab%20reportsectab

昭和三陸津波関連文献

  • ――――― (1933):三月三日, 三陸津波當時に於けるモンテビデオ丸船長よりの報告, 海と空, Vol. 13, no. 3, p66.
  • 前川 貫一 (1933):三陸津浪と道路, 道路の改良, Vol. 15, no. 11, p24-26. PopUp
  • 谷口 松雄 (1933):漫録 三陸津浪の跡を訪ねて, 道路の改良, Vol. 15, no. 4, p128-138. [写8] PopUp
  • ――――― (1933):昭和八年三月三日三陸津浪, 土木工學, Vol. 2, no. 4, p66-67. [図1;写10]
  • ――――― (1933):地方的地震に備へよ, 土木建築工事畫報, Vol. 9, no. 4, p2,3,6. [図1;写8] PopUp
  • 濱田 稔・桑田 貞一郎・森 徹 (1933):三陸津浪に於ける家屋被害について, 建築雑誌, Vol. 47, no. 572, p833-860 PopUp
  • 中野 猿人・中川 順三 (1933):三陸津浪の経路に就いて, 気象集誌 第二輯, Vol. 11, no. 10, p454-459. PopUp
  • 林 喬 (1933):昭和八年三陸津浪襲来の動向(一), 水利と土木, Vol. 6, no. 5, p14-27. [図3]
  • 林 喬 (1933):昭和八年三陸津浪襲来の動向(二), 水利と土木, Vol. 6, no. 6, p29-35. [図2]
  • 松尾 春雄 (1933):津浪の勢力と防禦, 水利と土木, Vol. 6, no. 9, p11-28. [図12;写5]
  • 松尾 春雄 (1933):三陸津浪調査報告, 土木試験所報告, No. 24, p83-136.
  • 松尾 春雄 (1934):三陸津浪調査報告(追加), 土木試験所報告, No. 27, p93-94.