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アユの棲む川へ -川の流れと付着藻類-河床付着物は、河川生態系を支えている

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川底の礫には、付着藻類を主体とした皮膜(河床付着物)が形成されている。
これを餌とする代表的な魚類として、アユがあげられる。
今回の特集では、アユの餌資源としての視点から河床付着物の状態に着目した。

アユの餌となる河床付着物の質は、河川流況と密接に関係していることが確認された

報告:担当研究員 皆川朋子
(独)土木研究所 自然共生研究センター

はみ跡のある石とその水理量を調べる

方法

木曽川支川新境川(木曽川河口からの距離約45km)の平瀬1側線及び多摩川(河口からの距離約52~53km)の瀬及び平瀬3横断側線において、水際から横断方向に約1~2m間隔で、水深、流速(6割水深)を測定し、その場の礫(径15~20cm)を対象にアユのはみ跡の有無を記録するとともに、河床付着物の採取を行いました。河床付着物の採取は、礫の上面5cm×5cmの範囲の付着物をナイロンブラシと蒸留水を用いて行い、付着物の乾燥重量、有機物量(強熱減量)、細粒土砂量(=乾燥重量-強熱減量)、藻類量(クロロフィルa量)、及び付着藻群落の種組成について分析しました。調査は、新境川では2005年9月、多摩川では2004年9月に行いました。

図1 アユの摂食場の水深と流速

結果1

アユのはみ跡は流心部に多い

アユのはみ跡は両河川とも流心部で確認されました(図1)。はみ跡が見られたのは新境川では水深20cm以上、流速35cm/s以上、多摩川では水深35cm以上、流速65cm/s以上の範囲にあり、はみ跡の無い場所と比べると大きいことが解ります(図2・3)。ただし、流速と水深がこの範囲であっても水際ではアユのはみ跡は確認できませんでした。

結果2

アユのはみ跡は強熱減量(%)と関係が深い

両河川において、アユのはみ跡の有無と強い関連性が認められた項目は強熱減量(%) (乾燥重量に占める有機物量の割合)でした。アユが摂食していたのは、強熱減量(%)が高い(新境川では約50%以上、多摩川では約40%以上)河床付着物で(図4)、強熱減量(%)の高い河床付着物は流速が高い場所に分布していました。また、同程度の流速であっても、アユが摂食していない場においては強熱減量(%)が低い傾向がみられ、摂食している場では強熱減量(%)が高い傾向がみられました。

結果3

アユは藍藻の割合が高い付着藻を摂食している

付着藻群落の組成についても、流速と関連性が認められ、流速が高いところ(アユが摂食しているところ)では、藍藻の割合が高くなる傾向がみられ(図5)、糸状藍藻のHomoeothrix janthina(ホモエオスリックス、写真2)Chamaesiphon sp. (カマエシホン)が優占していました。また、流速が低いところでは珪藻の割合が高く、Achnanthessp. (マガリケイソウ、写真3)等が見られました。

図2 水深とはみ跡の関係
図3 流速とはみ跡の関係
図4 強熱減量(%)とはみ跡の関係
付着藻群落の組成とはみ跡の関係

考察

アユの選好流速は40~70cm/sとされ(和田1993)、今回の調査結果でもアユはこの程度の速い流れを選好していました。速い流れの中では細粒土砂の堆積が生じにくいため高い強熱減量(%)を維持するのに有利であり、そこには、糸状藍藻が優占することから、流れという水理環境がアユの生息空間や餌となる河床付着物の質と密接に関係していることが解ります。ただし、同じ流速でもアユの摂食していない場では強熱減量(%)が低い傾向が見られたこと、アユのはみ跡で見られた糸状藍藻(H.janthina)はアユの摂食により維持されることが報告されていること(Abeet al. 2000,2001)から、アユの摂食それ自体もアユの餌資源としての河床付着物の質の維持に寄与しているものと考えられます。

新しい石と古い石の河床付着物とはみ跡

方法

実験河川において、約1年間河床に置いた石と新たに準備した石を実験河川に設置し、アユの餌としての利用の有無(はみ跡の有無)を記録しました(写真1)。なお、はみ跡がみられた場合には、はみ跡以外の場所から付着物を採取し強熱減量、付着藻群落の種組成等を分析しました。実験は、2003年6月~9月に行いました。石を設置した区間の流速(6割水深)は約35~40cm/s 、水深は約16cmで、用いた石は10×20×10cmに整形された自然石です。

結果

はみ跡は新しい石にのみ見つかった

はみ跡は、新たに設置した石にのみ見られました。新しい石の河床付着物は、細粒土砂量が少なく強熱減量(%)が40%以上で、糸状藍藻H.janthinaが優占する群落であり、新境川や多摩川において、はみ跡がみられた河床付着物の状態とほぼ同様の特徴をもっていました。一方、古い石は強熱減量(%)が低く、河床付着物に含まれている細粒土砂量が多く、珪藻類が優占し、新しい石とは河床付着物の質が大きく異なっていました。

写真1 石表面の状態
図6 強熱減量(%)    ■ 図7 付着藻群落の組成
写真2Homoeothrix janthina    ■ 写真3Achnanthes sp.

考察

古い石の河床付着物は強熱減量(%)が小さく(細粒土砂量が多い)、珪藻が優占していることが解りました。新しい石でも河川中に放置すると時間の経過とともに強熱減量(%)が小さくなり、珪藻が優占する群落へと遷移する可能性があります(実験河川では、小規模な出水を起こしていたにも係わらず、新しい石の強熱減量(%)はおよそ2ヶ月で古い石と同程度の強熱減量(%)まで低下し、珪藻が優占する群落へと遷移しました)。このことは、洪水等により河床の石が転倒して石の入れ替わりが生じないと、河床付着物中の細粒土砂量が増加し、藍藻類が減少してアユの餌としての質が低下する可能性を示唆しています。

今後の流量管理に向けて

アユの餌としての河床付着物の質は、平常時の水理量やアユの摂食、さらに、洪水時の攪乱によって維持されていることが解ってきました。今回は河床付着物とアユに着目しましたが、河川には様々な生物が生息しています。健全な河川生態系を維持するためには、これらの生物の棲み場の形成や生活史が全うできる流況の確保が必要であると考えられます。今後もそのための様々な条件を一つずつ明らかにしていきたいと思います。