● 背景と目的
貯水ダムの下流では、通常は存在する砂や小礫などの小さな河床材料が消失することがよくみられます。近年では、この問題に起因する河川生態系の劣化が懸念されており、その改善策の一つとして、ダム上流側に堆積した土砂をダム下流へと運搬・設置し、土砂を下流へ供給する「土砂還元」が、いくつかのダムで行われ始めています。しかし、どれだけの土砂量を、どのような頻度で還元すれば、生態系が効果的に改善されるのかはまだわかっていません。土砂還元の効果を客観的に評価し、良い土砂還元方法を調べるためには、指標となる生物種を抽出して「ものさし」とすることが有用です。そこで、河川生態系のよい水質指標でもある水生昆虫を中心とした河川底生動物の中に、土砂還元の効果を指標できる種、すなわち河床に存在する砂や小礫などの割合によく反応する種があるかどうかを、これまでに私達が野外調査を行った近畿・中部11ダム河川でのデータを用いて検討しました。
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● 結果と考察
過去の文献を参考に、河床に存在する砂を利用して生活していると考えられる「掘潜型」・「携巣型」と呼ばれる生活型を持つ底生動物を指標種候補としました。これら候補の個体数を目的変数に、河床の底質粗度・砂の被度割合・小礫の被度割合を説明変数として、一般化線形混合モデル(GLMM)を用いて予測式をたてた結果、掘潜型・携巣型のいくつかの分類群において、データの実測値はモデルの予測値によく適合することがわかり、土砂還元の指標種としての有用性が示唆されました(図1)。また、巣材として砂を用いるヤマトビケラは、説明変数の中でも砂の被度割合にもっともよく反応し、一方、堆積する小礫〜砂に潜って生活するシジミは、小礫の被度割合にもっともよく反応しました。このことは、土砂の粒径別に、指標種を抽出できる可能性を示唆しています。しかし、今回行った検討では、「指標種Aがある密度で生息する時、河床に土砂がどれだけ存在することを示す」までには至っていません。これは、調査対象とした11ダム河川それぞれの個性が、隠れた説明変数として強くモデルに影響していることを暗に示唆しています。土砂還元の効果を具体的に指標するためには、単一の指標種ではなく、指標種群のように複数の種を用いるなど、さらなる工夫が必要と考えられます。
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