ARRCNEWS

ダム下流に土砂を流す―健全な河床を目指して

このページのPDFARRCNEWS20周年特別記念号全ページのPDF

河床が変化し、水生生物の生息環境の改善が期待できます。

山地から発生した土砂がダムでせき止められ、下流に供給されなくなるとダム下流の川底に生育する藻類が剥離されず異常繁茂を起こすなど、不健全な環境となります。これに対し、ダム上流と下流をつなぐトンネルにより、土砂をダムにためることなく通過させる対策が実施されています。このとき、ダム下流の生物環境がどの程度改善されるかを詳細に調査・研究することが必要です。現在、ダム下流のモニタリングが継続的に行われ、ダム下流環境の変化を捉える取り組みが進められています。

供給された土砂の堆積によって、付着藻類の量とそれを餌とするアユの生息環境が変化する可能性があることが分かりました。

報告:担当研究員 宮川 幸雄 / 小野田 幸生 / 堀田 大貴
国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター

供給された土砂による砂面高および付着藻類の現存量の変化の調査

土砂を人工的に下流に供給する際に供給量が多過ぎた場合を想定した調査を行いました。具体的には、河床の石が供給された砂で埋没した場合、石上の付着藻類にどのような変化が生じるのかについて実験を行いました。

方法

河床が砂で埋没した後の砂の堆積厚および付着藻類量の変化を把握するための実験を、自然共生研究センターの実験河川にて実施しました。
具体的には、河床に石(直径約250mm)を設置し、 石上に藻類を生育させた後、ある区間(以下、実験区)に石が埋まる程度の川砂(約2㎜)を敷き詰め(覆砂し)ました(図1A)。
その状態から流量を増加させ、 実験区とその上流の覆砂していない対照区における砂の堆積厚および付着藻類量を観測しました(図1B、C)。ここで、砂の堆積厚の変化は、覆砂を行った日(覆砂日)から4日前の河床の高さを0㎜として観測しました。
また、付着藻類量の変化は、石上で計測されるchl.a量を指標として観測しました。さらに、実験区における埋没後の石の露出面積の変化を、全表面積中で砂から露出している面積の割合 (石の露出面積割合、%)を指標として観測しました。

図1 覆砂により生じる付着藻類量の減少および回復のイメージ
図2 覆砂後における露出面積割合および砂の堆積厚の時間変化
(露出面積割合の点線部、白抜きのプロットは推定値を表す)
図3 覆砂後における付着藻類量の時間変化
(エラーバーは標準偏差を表す)

結果と考察

砂の堆積厚が安定すれば露出面積割合、付着藻類量ともに安定する

実験区の砂の堆積厚は、覆砂日から1日後に100㎜程度まで減少し、3日後に約60㎜で安定しました(図2)。 この時、石の露出面積割合も、覆砂日から1日後に4日前の約70%まで減少し、3日後以降は70~80%程度の間で安定しました。
このため、覆砂日から7日間までは、覆砂により付着藻類は生育可能な面積が減少していたといえます。 一方、覆砂日から1日後の実験区の付着藻類量は覆砂日から4日前の約30%まで減少しました(図3)。
この間、実験区では砂の移動・衝突により付着藻類の剥離が生じたと考えられます。 その後、覆砂日から3日後に実験区の付着藻類量は覆砂日から4日の約60%まで回復しましたが、7日後の付着藻類量は3日後とほとんど同じでした。
この間、砂の移動・衝突による付着藻類の剥離は覆砂直後と比べて少なかったと考えられます。
今後は、覆砂日から7日後以降の付着藻類量の回復過程についても分析を行う予定です。

アユの選好性に基づいた土砂堆積厚の許容値の提案

方法

付着藻類を餌にするアユの摂食環境として、石の埋没がどの程度許容されるかを定量的に評価することを目的に、野外調査と水路実験を行いました。
野外調査では、琵琶湖に流入する6つの河川で2つずつの瀬を選定し、石の露出高(河床基盤面から露出している高さとして定義、図1)とアユの摂食痕(食み跡、図1、写真1)の有無との関連を調査しました。
水路実験では、同じ形状を持つ人工石を用いて3種類の露出高(2、5、10cm)を設定した流水環境において、体サイズをそろえた養殖アユを放流し、摂食行動を観察することにより、 露出高によって摂食行動(摂食回数と食み跡の形状[幅と長さ])が異なるかを検証しました。

図1 露出高の定義       ■写真1 アユの食み跡
図2 石の露出高と食み跡の有無との関係
図3 人工石の露出高に対する摂食回数
図4 人工石の露出高に対する食み跡の幅
図5 人工石の露出高に対する食み跡の長さ
エラーバーは標準誤差、アルファベットの違いは統計的な違いがあることを表す

結果1

石が露出しているほど食み跡が多い
野外調査の結果、食み跡は露出部が小さい石よりも大きい石でよくみられ、その傾向は全ての調査地点で共通していました(図2)。
また、50%の確率で食み跡が確認される露出高は、1㎝程度と推定されました。

結果2

石が露出しているほどアユの摂食行動が促進される
水路実験の結果、露出高が大きな(5,10 cm)の石ではアユの摂食回数が多く、露出高が小さな(2㎝)石の場合の7倍程度でした(図3)。
また、露出高の大きな(5,10cm)石では小さな(2㎝)石に比べて、食み跡の幅には違いが無かったものの(図4)、食み跡の長さは1.4倍程度長くなりました(図5)。

考察

注意すべき土砂の堆積厚
野外調査の結果から、アユは露出高の大きな石を摂食場所として選好していることが示唆され、露出高の重要性は石の大きさを揃えた水路実験でも追認されました。
さらに、露出高の大きな石での食み跡の長さは、露出高が摂食量や摂食効率にも影響を及ぼす可能性を伺わせます。
上記の結果から、 石の露出高が5㎝より小さくなってしまうとアユの摂食に影響を及ぼす可能性が考えられます。
このことは土砂の供給量が多すぎる場合には、 アユの摂食環境を劣化させてしまう可能性を示唆します。
ダム下流では土砂が不足傾向にありますが、石が”過度に埋没”しないような土砂供給の方法を考えていく必要があるでしょう。

今後の取り組み

平成27年度までの成果は土木技術資料第58巻「ダムからの土砂供給に伴う水生生物の応答と予測・評価の枠組み」(平成28年10月)等にとりまとめられ、 現場への成果の普及が図られています。また、今後は陸域の環境の変化を含めた、より多方面にわたるモニタリングを行う予定です。