研究の紹介

下水処理水に対する生物応答評価

写真–1  緑藻ムレミカヅキモ


写真–2  オオミジンコ



写真–3  ゼブラフィッシュ


  土木研究所水質チームでは、下水処理水に対する生物応答評価に関する研究を行っています。生物応答評価とは、あるストレスに対する生物の応答(藻類 [写真–1] に対する生長阻害、ミジンコ類 [写真–2] の子どもを産む数の低下、魚類 [写真–3] に対するふ化・生存率等の低下)によって水質を評価するものです。

  現在は排水中に含まれる数百程度の個別の化学物質の濃度を測定したり挙動を推定したりして化学物質を管理していますが、私たちが日常生活で使用する化学物質数(約5万種)に比べると非常に少ないのが現状です。近年、個別の化学物質の毒性を評価するのではなく、こうした生物の応答から水質を評価する生物応答試験が世界的に注目されています。生物応答試験は①水中に含まれる全ての化学物質による生物影響を評価できる、②生物への直接的な影響により評価するため市民が評価結果を実感しやすいなどの特長があります。海外ではすでに幾つかの国で生物応答を用いた試験が行われ、処理水の毒性の管理に用いられていますが、日本でも生物応答に基づく排水管理の導入が検討される段階にあります。

  下水処理水は主要な排水のひとつですが、公表された試験法に基づいて下水を試験した研究例は国内では極めて少ないのが現状です。そこで水質チームでは下水に対する生物応答試験を行い、藻類、ミジンコ類、魚類の各種試験生物に対して生物影響あるのかどうか、下水処理によって生物影響が低減できるかどうかなどの知見の収集を行っています。

  標準活性汚泥法で処理する下水処理場において、流入下水(処理前の水)と下水処理水を採水し、それらの下水試料に対し前述の試験生物を用いた生物応答試験を実施しました。結果として、流入下水では藻類のムレミカヅキモが生長阻害を受けたことが示されましたが、下水処理水では生長阻害が無いことが明らかになりました。同様の結果はミジンコ類、魚類においても確認されました。この結果より、標準活性汚泥処理によって生物影響が削減されることが明らかになりました。

  もし下水処理水で生物影響が確認された場合、下水道には様々な排水(化学物質)が流入することを考慮すると、生物影響を引き起こす処理水中の原因物質や、その原因物質の排出源を明らかにすることが重要です。水質チームではそれらの解明方法、及び下水処理水の生物影響を削減するための対策手法の検討を行っています。


(問い合わせ先 : 水質チーム)

コンクリート中の鋼材を守る ―表面への塗装で鋼材の錆びを防ぐ―

1.コンクリート構造物

  コンクリートは砂利や砂をセメント・水と混ぜて固めたもので、橋やトンネルなど(構造物と呼びます)を作るのにとても適した材料です。コンクリートで作った構造物をコンクリート構造物と呼びます。コンクリート構造物は、主にコンクリートと鋼材(鉄筋)からできています。「圧縮には強いが引張りに弱いコンクリート」と「引張りに強い鋼材」をうまく組み合わせられているのでとても合理的で、構造物に膨大な量が使われています。また、コンクリートの内部は強アルカリ性のため、鋼材表面に保護膜が形成され、その保護膜がコンクリート中の鋼材が錆びるのを防ぐ役割を果たします。このように、コンクリートと鋼材がお互いに弱点を補っているため、コンクリート構造物は、長期間の使用にも耐えることができます。


図1 鋼材の錆び


図2 樹脂材料の塗装



図3 表面被覆工法のイメージ

2.コンクリート中の鋼材が錆びる?

  コンクリートに水をかけると少し浸み込んでいくことはご存じでしょうか?コンクリートをミクロな視点で見ると、小さな穴がたくさんあいています。これらの小さな穴を通じて、水、酸素および塩分などが、少しずつコンクリート中に浸透していくのです。実は、このような性質が、コンクリート構造物を長く使うために問題となることがあります。

  例えば、海の近くにあるコンクリート構造物には、海から飛んでくる塩分が少しずつ入っていくのですが、コンクリート中に塩分が入ることは好ましくありません。なぜならば、塩分がある量に達すると、コンクリート中の鋼材の保護膜を壊してしまうためです。さらに、コンクリート中の鋼材の保護膜が壊れた状態で、水と酸素が存在すると鋼材が錆びてしまいます(図1)。鋼材の錆びが多くなると、引張りに強いはずの鋼材が弱くなるため、コンクリート構造物を安全に使用することが難しくなります。言い換えると、コンクリート構造物を安全に使用していくためには、コンクリート中の鋼材を守ることがとても重要な問題なのです。このため、私たち材料資源研究グループでは、コンクリート中の鋼材の保護について研究しています。


3.コンクリート構造物の表面への塗装

  コンクリート中の鋼材を守るためには、どのような方法があるのでしょうか?そのポイントは、コンクリートの中に水や塩分などが入らないようにすることです。今回は、コンクリート構造物の表面に、樹脂材料と呼ばれるものを塗装(図2)することで、コンクリート中の鋼材を守る方法を紹介します。これは、表面被覆工法と呼ばれる方法です。

  表面被覆工法のイメージは、コンクリートの表面に「水や塩分などの浸み込みを防ぐ膜」を貼るようなものです(図3)。実際には、樹脂材料をコンクリートの表面に塗るのですが、表面に樹脂材料があることで、塩分や水がコンクリートの表面に直接付かなくなりますので、コンクリートの中にそれらが入りづらくなるのが想像できると思います。また、コンクリート構造物は、長期間使用されますので、その表面に塗る樹脂材料も長期間の使用に耐える必要があります。樹脂材料の効果がいつまで続くのかを確かめることは、コンクリート中の鋼材を長期間守るためにとても重要です。このため、材料資源研究グループでは、表面被覆工法に使われる、様々な種類の樹脂材料を試験して、長期間の効果があるのかを確かめています。


(問い合わせ先 : iMaRRC)

道路管理のための融雪量推定方法に関する研究

写真-1 融雪期に発生した道路斜面の崩壊

平成24年5月発生、国道230号中山峠(札幌市)

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図-1 北海道の国道における月別斜面崩壊発生数



図-2 累積融雪深と積算温度

(0℃以上の気温の累計)の関係例


  大雨や地震によって斜面が崩壊することはよく知られていますが、北海道や東北、北陸地方など積雪が多い地域では、春先になると、晴れていても斜面崩壊が発生することがあります(写真-1)。これは雪解けによって、大量の融雪水が地盤に浸透し、大雨が降ったときと同じような不安定な状態になるためと考えられています。北海道の国道における斜面崩壊記録を分析した結果、このような融雪時期の斜面崩壊は全体の約3割を占めていることがわかりました(図-1)。

  突然発生する災害から通行する人や車両を守るため、国や自治体などの道路管理者は、トンネルや橋などによる道路の改良や対策工の施工などのハード対策のほか、災害の発生しやすい区間では、ソフト対策として基準値を越える大雨が降った場合にあらかじめ通行止めをおこなう「事前通行規制」という仕組みを設けています。しかし、融雪に対しては融雪水の量を推定することが難しいこともあり、雨のような基準値が設定されていないのが現状です。

  このため防災地質チームでは、融雪水量の推定手法や融雪期に災害が発生しやすい地形・地質条件などについて研究をおこなっています。これまでの雨を対象とした基準値に融雪水の影響をプラスすることにより、融雪期に適した基準値の設定や事前の通行規制が可能となり、道路斜面災害の防止に貢献できると考えています。

  融雪水の量を推定するための手法にはいくつかの方法がありますが、最も簡単な方法として、積雪深の測定値の変化から融雪量を換算する「雪面低下法」があります。雪面低下法は直感的に理解しやすいのですが、分解能が低い、測定誤差の影響を受けやすいといった課題があり、また、その原理上、融雪量の将来予測ができないという問題点があります。そこで着目したのが、気温(0℃以上)と融雪量の間に良い相関を有する関係式があることを利用した「積算温度法」という推定方法です(図-2)。積算温度法は、気温のみから融雪量の推定が可能という特徴を持ち、気温予測をもとにした融雪量の将来予測が可能です。また、分解能も雪面低下法と比べて高いことから、積算温度法が道路管理に用いる融雪量推定手法として適していると考えています。一方で、積算温度法では関係式の係数が場所や年によって変化するという課題もあることから、これらを場所の地形特性などから補正する方法について継続的な現地調査や数値解析をおこないながら研究を進めています。


(問い合わせ先 : 寒地土木研究所 防災地質チーム)