研究の紹介

山岳トンネルの切羽観察へのAIの適用性に関する研究

1.はじめに

  山岳トンネルでは、トンネル掘削の最先端部分に出現している岩盤の風化の状態、割れ目の状態等を総合的に観察(「切羽観察」といいます)し、採点等を行うことで、支保パターンの選定や補助工法の採用等を決定しています。(図-1)しかし、切羽観察は技術者の経験により判断が異なることや、判断に迷う場合もあること等の課題があります。一方で近年のAI技術の進歩により、切羽観察にAI(画像解析技術等)を活用する事例や研究が散見されています。ただし、AIによる切羽観察の信頼性や適用条件等について確立されたものはなく、不明確な点も多いと考えています。

  そこで、切羽観察へのAIの適用性を明らかにすることを目的に、ディープラーニングを用いた切羽の画像解析の可能性について検討を進めています。


図-1  切羽観察の様子と切羽観察表
図-1  切羽観察の様子と切羽観察表

2.切羽観察へのAIの試験的適用

  ディープラーニングを用いて切羽画像を解析し切羽面の状態を判断するためには、切羽画像とその切羽観察記録を教師データとして学習させます。ここでディープラーニングは、画像認識に用いられるCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を用いています(図-2)。

  試験的に切羽観察項目の「E割れ目の間隔」の評価点をラベルとした切羽画像を数百枚用いて学習モデルを作成しました。具体的には図-3に示すように切羽を三分割し、切羽を領域ごとに評価しました。このモデルに新たな切羽画像を入力することで、割れ目の間隔を評価するAIを作成したところ、結果は約60~70%の精度で一致しました。一方で、検討結果より以下の課題も明らかになりました。

①AIによる判断過程が不明確であること

②切羽画像データの仕様が各現場で統一されておらず前処理に非常に労力がかかること

③教師データに評価点の偏りがあること

  特に①については、判断過程がブラックボックス化してしまうのが現状であり、例えば受発注者間の契約変更協議等において、根拠資料として活用することは困難と考えられます。さらに、実際に技術者が行う切羽観察においては、切羽を目視するだけではなく、ズリの状態、湧水状況、継時的な変化等、様々な情報を総合的に判断しています。そのため、現段階で切羽画像だけで切羽の判定を行うことには一定の制約があると考えられます。

  また、②③については、条件が異なる各現場で統一的かつ簡易に多量のデータ収集が必要であるとともに,教師データも工学的な判断を含んでおり100%正解であるとは言い切れないなど,十分な検討が必要であると考えられます。


図-2  CNNのイメージ(足立悠(2018)より) 図-3(b)  学習用の切羽画像
図-2  CNNのイメージ(足立悠(2018)より)
図-3  学習用の切羽画像

3.おわりに

  現在、トンネルチームでは、AIの検討に有効な切羽画像データ等の条件に関する検討や、教師データとして各種測定データの有用性を検討しています。現在は試行段階であり、現場での適用には十分な検討が必要であると考えています。今後、実現場での試験的な切羽画像の取得や、異なる構造のAIの検討など、切羽観察へのAIの適用可能性についてさらに研究を進めていきたいと考えています。



(問い合わせ先 : 道路技術研究グループ トンネルチーム)

札幌市豊平川におけるサケ産卵場環境の創出

図-1  調査地のくぼみ地形(alcove)における細粒分堆積厚の変化
図-1  調査地のくぼみ地形(alcove)における
細粒分堆積厚の変化


図-1  調査地における2013年から2017年までの産卵床数(札幌市さけ科学館調査)
図-2  調査地における2013年から2017年までの産卵床数
(札幌市さけ科学館調査)


  札幌市内を流れる豊平川では稚魚放流が行われているものの遡上する親魚の約半数が野生魚です。これら野生魚の個体群を保全するためには、サケが自然に産卵できる環境を整えることが重要です。

  豊平川ではサケの産卵が見られますが、産卵場環境の劣化も認められます。豊平川中流部の河岸際にある砂州下流部の「くぼみ地形」(alcove)では細粒土砂の堆積がみられ、産卵床数が減少していました(図-2、2016まで)。そこで、2017年に北海道開発局等の協力を得て、この「くぼみ地形」の上流側に掘削路を造成して、サケ産卵床数の調査を実施しました。その結果、細粒土砂の堆積厚さは、5 cm以下まで減少しており(図-1)、産卵床数も造成後に多くなりました。

  さらに詳しくみてみると、9月から11月に遡上する前期個体群の産卵床数とそれ以降に遡上する後期個体群の産卵床数のどちらとも増加していました(図-2)。

  本調査地は豊平川扇状地の扇端部に位置しており、河川水より温度の高い「湧水」が豊富な場所です。掘削路の造成を行った「くぼみ地形」では、この水温の高い「湧水」に加えて、細粒土砂が減少して産卵場環境が良好となったことが、後期個体群の産卵床増加につながったと思われます。

  一方で、造成した掘削路の部分には瀬と淵の形成がみとめられ、粒径の粗い土砂の堆積と速い流れが確認されています。このような場所では、河川水温に近い温度の「伏流水」が発生していると考えられ、前期個体群の産卵場環境として適しています。

  今回の掘削路の造成により、後期個体群に加えてこのような前期個体群の産卵場環境も創出した結果、両者の産卵床を増加させることができたと考えています。なお、本研究は、道興建設㈱や札幌市さけ科学館、札幌ワイルドサーモンプロジェクト、北海道開発局札幌開発建設部札幌河川事務所のご協力もいただき実施したものです。


  くぼみ地形(alcove)と造成した掘削路(2018年6月撮影)

くぼみ地形(alcove)と造成した掘削路(2018年6月撮影)


(問い合わせ先 : 寒地土木研究所 水環境保全チーム)

連続繊維シートの表面保護工の再劣化防止に関する研究

写真-1  連続繊維シート接着による橋脚の耐震補強
写真-1  連続繊維シート接着による
橋脚の耐震補強


  橋の橋脚の耐震補強方法の1つに、連続繊維シートを橋脚に巻立てる工法があります。連続繊維シートは、炭素繊維やアラミド繊維でできた細い糸を束ねてシート状に編み込んだ材料です。他の耐震補強方法に比べて、材料が軽いため重機を使わず手作業で施工できる、材料が薄いため完成時に河川の流れを阻害しない、といったメリットがあります。ただし、連続繊維シートは紫外線に弱い材料もあるため、表面を保護モルタルなどで覆い隠し、外的劣化因子から保護するのが一般的です。

  しかしながら、近年、連続繊維シートによる橋脚の耐震補強箇所において、外的劣化因子から連続繊維シートを保護するための表面保護モルタルが経年劣化で剥落・消失し、連続繊維シート部分が外部に露出するケースが確認されています。連続繊維シート部分が露出すると、紫外線による性能低下や河川流下物の衝突による断裂等が発生し、耐震補強効果が低下する懸念があります。そのため、表面保護工部の耐久性の向上や、点検時に繊維露出の兆候を検出する方法の立案が求められています。


写真-2  連続繊維シート部分の露出事例
写真-2  連続繊維シート部分の露出事例

写真-3  浮き箇所がひび割れに沿って拡大する事例
写真-3  浮き箇所がひび割れに沿って
拡大する事例


  連続繊維シート部分の露出は北海道内だけでも10箇所以上で確認されています。これまでに寒地土木研究所で行ってきた現地調査の結果、その原因としては、写真-2に示すように、①モルタルの浮き箇所の剥落、②出水による流下物の衝突、③波浪によるモルタルのすり減りの3つのパターンに分類できました。このうち、発生数が最も多い①浮き箇所の剥落に関する原因を推定するため、表面保護モルタルが浮いている箇所の経年変化を観察した結果、写真-3に示すように、ひび割れを伴う浮き箇所で経年劣化の進展が早いことが判明しました。

  今後、表面保護モルタルのひび割れ発生や浮きの拡大に関する室内再現試験を行い、剥落防止のための材料選定や施工管理方法について提案をする予定です。また、繊維露出に至る可能性が高い浮きの規模や位置条件を整理し、合理的な点検手法の提案についても行う予定です。



(問い合わせ先 : 寒地土木研究所 耐寒材料チーム)