研究の紹介

ダム再生に貢献する洪水吐きの形状の設計

 我が国では、これまでに治水・利水の両面からダムが整備されたことにより、社会・経済活動を支える社会資本の一つとして大きな役割を担っています。また、今後は気候変動による降雨の激甚化等の影響からダムの役割は益々大きくなるものと考えられます。 このような中、治水計画や利水計画の変更等の様々な理由から洪水吐きの増設やダムのかさ上げ等が実施されています。
  中でも、比較的大容量の放流能力を有する洪水吐きを改良・増強する場合には代表的な手法として ①堤頂洪水吐きの改良・増設、②堤体洪水吐きの改良・増設、③トンネル洪水吐きの新設が用いられています(図-1)
 水工チームでは、①~③のために、ダムにおける洪水吐きの形状の設計(水理設計)を行っており、その内容の一部を紹介します。


図-1 洪水吐きを改良・増強する場合の代表的な手法

図-1 洪水吐きを改良・増強する場合の代表的な手法


①堤頂洪水吐きの改良・増設

  大規模な堤頂洪水吐きの改良・増設の代表的な事例として長安口ダムの改造があります。この改造では、洪水調節機能の増強のために右岸側の堤頂の一部を既往最大規模の深さ約37mで切削し2門のゲートを設置する洪水吐きの増設を行っています。
  最大で4000m3/sの流水が既往の洪水吐きの流れに減勢工内で右岸側から合流することになるため、安全に洪水を流すために安定した流れが形成されているかなどを水理模型実験で流況を確認し形状を設計しました(図-2)


図-2 改造後の長安口ダムと水理模型実験<br>(現地写真:四国地方整備局那賀川河川事務所提供)

図-2 改造後の長安口ダムと水理模型実験
(現地写真:四国地方整備局那賀川河川事務所提供)


②堤体洪水吐きの改良・増設

  大規模な堤体洪水吐きの改良・増設の代表的な事例として鶴田ダムの改造があります。この改造では、洪水調節機能の増強のために堤体に断面積5m×5m程度の大口径の穴を3つあけ、放流管を増設する手法が用いられました。
  放流管には湾曲部があり、局所的に圧力が低下して管が損傷する可能性があったため、管内の作用圧力を計測して安全な放流管の形状を設計しました。 また、既往の洪水吐きの流れに右岸側から下流河道で合流させるために、安全に洪水を流すために安定した流れが形成されているかなどを水理模型実験で流況を確認しながら減勢工の形状も設計しました(図-3)


図-3 改造後の鶴田ダムと水理模型実験(現地写真:九州地方整備局川内川河川事務所提供)

図-3 改造後の鶴田ダムと水理模型実験
(現地写真:九州地方整備局川内川河川事務所提供)


③トンネル洪水吐きの新設

  大規模なトンネル洪水吐きの新設の代表的な事例として鹿野川ダムの改造があります。この改造では直径11.5m、延長457mのトンネルを新設し、既設洪水吐きからの流れに加え約1000m3/sをトンネルから追加して放流するものです。
   既設の洪水吐きの流れに右岸側から合流させますが、増設する減勢工と河道の間に用地の制約があり、段差や棒(バッフルピア)を減勢工の中に設置してコンパクトな減勢工形状とする工夫を行いました(図-4)


図―4 改造後の鹿野川ダムと水理模型実験(現地写真:四国地方整備局山鳥坂ダム工事事務所提供)

図―4 改造後の鹿野川ダムと水理模型実験
(現地写真:四国地方整備局山鳥坂ダム工事事務所提供)


  以上のように、今後増加すると見込まれるダムの改造(ダム再生事業)に対し水工チームは安全に洪水が管理できるダムを設計するために水理模型実験等を用いて貢献していきます。






(問い合わせ先 : 河道保全研究グループ 水工チーム)




非破壊検査機器を活用したコンクリート橋の塩分量調査

 コンクリート橋において、塩害は発生件数が非常に多く最も深刻な劣化要因の一つです。そのため、劣化の前兆を捉えて、適切な措置をすることで予防保全を進める必要があります。
 コンクリート橋の塩害調査を行う場合、現場でコンクリートコアなどを採取し、室内で塩分測定を行うのが一般的です。 しかし、コア採取のため構造物へ損傷を与えることや測定箇所が限られてしまうこと、塩分測定に時間を要する等の課題を有しています。


図-1 コンクリート橋における従来の塩分調査

図-1 コンクリート橋における従来の塩分調査



 また、コンクリートコア等の採取位置によって塩分量が大きく異なり、環境条件や構造形式などによっても塩分量が異なるため、検出された塩分が必ずしも橋の代表値とは限りません。そのため、構造物全体から塩分量の代表箇所を早期に見つけ、予防保全対策につなげるためには、スクリーニング的な手法の開発が必要です。
 そこで、本研究では現場で塩分測定が可能で、かつ効率的に調査が可能な非破壊検査機器を用いた調査手法の提案を目的に、塩害により劣化した実橋を活用した調査を行っています。


図-2 非破壊検査手法を用いて塩分量を効率的に調査する手法のイメージ

図-2 非破壊検査手法を用いて塩分量を効率的に調査する手法のイメージ



 調査では、近赤外線の原理(光を照射し、その反射光を分光させ各波長における吸光度から塩分元素量を特定)を利用した「走査型近赤外分光法」により構造物全体の付着塩分量を大略的に把握したうえで、 付着塩分量の多い箇所に蛍光X線の原理(X線の照射により発生した蛍光X線のエネルギーから塩分元素量を特定)を利用した「蛍光X線分析法」を用いれば、測定範囲において全塩化物イオン量が最大となる箇所を現地でスクリーニングが可能となり、予防保全対策を行うべき範囲を合理的に選定できる可能性があります。
 今後は、さらに効率的な非破壊検査技術の検討を行うとともに、実橋を活用した非破壊検査技術の検証を進め、検出範囲や精度、ハンドリング性など現場実装に向けた課題点の整理を行う予定です。






(問い合わせ先 : 構造物メンテナンス研究センター 橋梁構造研究グループ)




複合劣化が進む河川構造物のメンテナンス技術に関する研究



図-1 現地のコンクリート矢板凸部の劣化状況

図-1 現地のコンクリート矢板凸部の劣化状況




図-2 再現試験の状況

図-2 再現試験の状況




図-3 表面保護工による耐凍害性の向上策

図-3 表面保護工による耐凍害性の向上策


1.河川構造物の複合劣化

  寒冷地の河川コンクリート構造物の中には、凍害と河氷等の衝突・摩耗との複合劣化が生じているものがあります。施工後20年経過したある河川の河口近くのコンクリート矢板護岸では、コンクリート剥離、鉄筋露出等の劣化が顕在化していました(図-1)。


2.コンクリート矢板護岸の劣化状況調査

  上述のコンクリート矢板の劣化は、矢板凸部の干潮時の水面近くの高さで進んでいましたが、露出した鉄筋が錆びていないため、鉄筋の腐食で発生する塩害劣化によってコンクリートが剥離した可能性は低く、また、冬期の調査で河氷の衝突が観測されましたが、 コンクリートの剥離が鉄筋よりも奥まで生じている例も多いため、凍害による劣化の先行が要因と考えました。

 

  超高強度繊維補強コンクリート製の高耐久型枠工法による最近の補修区間では、施工後4年経過時点で劣化・損傷が生じていない良好な状態でしたが、高い施工コストが課題です。以前に施工された炭素繊維シート工法による補修区間では、施工3年経過後に保護モルタル目地部からの剥落が数多く確認されました。



3.劣化の室内再現試験

  劣化原因を検証するため、現地のコンクリート矢板と同じく空気量の少ないコンクリートを鉄筋で拘束した試験体を用いて凍結融解試験を実施しました。この結果、コンクリートの体積膨張によって主鉄筋と並行な方向にひび割れが生じることと、現地の実測値に近い1%塩水による試験の方が真水の場合よりも剥離量が 増加することがわかりました。さらに、現地のコンクリート矢板においては湿潤状態が続く部分よりも乾燥と湿潤を繰り返す部分の劣化が著しいことから、試験体製作時に通常の水中養生後、6ヶ月間乾燥させてから凍結融解試験を実施したところ、剥離量が前述の試験よりもさらに大きくなり、外観性状が現地の劣化状況に近くなることを確認しました(図-2)。



4.劣化抑制対策の検討

  コンクリート矢板の凍害先行劣化の予防のためには遮水が有効であることから、2種類の表面保護材を施した試験体を用いて濃度1%の塩水による一面凍結融解試験を実施して有効性と耐久性を検証しました。その結果、ポリウレタン樹脂やエポキシ樹脂等で表面を保護することで耐凍害性が大きく向上し、凍害先行劣化の予防に非常に有効な対策となることを確認しました(図-3)。



5.おわりに

  様々な組み合わせのコンクリート構造物の複合劣化に対し、現場に合った対策を提案できるよう研究を進めたいと考えています。






(問い合わせ先 : 寒地土木研究所  耐寒材料チーム)