研究の紹介

圃場自動給水システムを設置した寒冷地水田の水管理に関する研究


 北海道では、農業者の高齢化や農家戸数の減少に伴い、担い手へ農地が集積されていることから、経営規模の拡大が急速に進んでいます。そこで、労働生産性をさらに高めるために、圃場の大区画化整備やICTを利用した自動給水栓の導入が行われています。自動給水栓を導入すると、スマートフォンによる遠隔監視・操作や時間設定あるいは水位設定による自動給水が可能となるため、 各圃場の水管理操作に要する時間の短縮や無効放流の削減が期待されています。一方、農業用水の給水方式や用水路形式、水稲栽培方式などが変わると、用水需要が高まる時期や時期ごとの取水量、一日の中で取水を行う時間帯などの変化が予想されます。農家が必要とする時期に適切な農業用水量を使うためには、農業水利施設の管理者はこうした変化に対応しながら、農業用水の配分管理を行うことが求められます。 特に、北海道は気候が冷涼であることから、冷害防止を目的として、「夜間・早朝取水」や「深水灌漑」のように、水温を考慮した水管理が推奨されています。この「夜間・早朝取水」とは、農業用水路の水温は圃場内の水温に比べると日内の変動が少ないため、農業用水の水温と気温との差が小さい夜間や早朝に取水を行い、水田水温を効率よく上昇させるものです。また、「深水灌漑」とは、冷害危険期に湛水深を深めにして幼穂を保温し、稔実を高めるものです。
 自動給水栓の導入によって、農家の取水時間の自由度が高まると考えられますが、寒冷地の圃場群における利用実態の報告事例はほとんどありません。そこで、水利基盤チームではその利用実態の把握および分析を行うために、空知振興局管内のT地区内の圃場群(約30筆)を対象として、各圃場に1~2箇所設置された自動給水栓の操作履歴の解析および水田圃場の取水量調査を行っています。

写真-1 自動給水栓

写真-1 自動給水栓


 調査の結果、手動操作圃場と自動操作圃場では、取水時間帯に違いがあることが分かりました。手動操作圃場(図-1)では、日中に取水を開始または停止する傾向がみられました。自動操作圃場(図-2)では、時間設定による夜間灌漑や設定湛水深を維持するための補給により、時間帯に関わらず取水操作が行われていました。
図-3は、この圃場群において同時に取水する圃場の割合を示したものです。移植栽培の代かきや田植えのとき、直播栽培の初期入水や浅水管理が行われるとき、降雨が少ない期間に高温となったときにおいて、同時に取水する圃場の割合が大きくなることが分かりました。

図-1 取水開始時刻および取水継続時間(手動管理)
        height=

図-1 取水開始時刻および取水継続時間
(手動管理)
図-2 取水開始時刻および取水継続時間(自動給水栓)
        height=

図-2 取水開始時刻および取水継続時間
(自動給水栓)


図-3 調査圃場群における灌漑期間における同時取水率

図-3 調査圃場群における灌漑期間における同時取水率


 幹線用水路から支線用水路等への分水操作や流量配分などは、土地改良区等の農業水利施設の管理者によって行われています。用水路形式が開水路の地区では、農業用水の需要傾向をみながら、過不足がないように農業用水を供給しています。 たとえば、今回の調査結果を基に、用水需要の少ない時間帯に揚水機からの取水量を絞ることにより、農業水利施設の維持管理費を軽減できる可能性があります。    
 今後、当チームでは、圃場群内の取水操作履歴の分析と合わせて、代表圃場の取水量や圃場群周辺の排水路流量の観測データを解析し、調査圃場群における用水需要の分析を進め、灌漑区域内の用水需要の変化に対応できる、効率的な配分管理手法を提案する予定です。






(問い合わせ先 : 寒地土木研究所  水利基盤チーム)

VRによるリスクコミュニケーション手法の水防災教育ツールとしての可能性

 水災害時の避難遅れと地域住民の危険への遭遇を減らすためには、水災害という非日常的な危機を行政・地域住民が共有し、適切な避難行動等に結び付けるリスクコミュニケーション手法の開発が必要となります。 一方で近年、コンピュータ等で仮想的に作り出された空間を体験するバーチャルリアリティ技術(Virtual Reality、以下、「VR」と記述します。)が発達しています。


 ICHARMでは、VRを用いることで、非日常的な危機である水災害を仮想的に体験することを可能とする仮想洪水体験システム(Virtual Flood Experience System、以下「VFES」と記述)を開発しています。 VFESは、3次元測量データ等を用いて精巧に再現した山や川、市街地の地形・建物に、シミュレーションで再現・推定した洪水を重ね、仮想空間上の分身であるアバターを通して仮想的に洪水を体験します。 住民の身近な地域での水災害を事前に仮想体験できることに加え、アバターの歩行速度等の設定を変えることで、お年寄り等の避難に困難を伴う方の状態を疑似的に体験すること等もできます。


 VFESの有効性を確認するため、2023年2月につくば市で開催された第9回洪水管理に関する国際会議の機会に合わせ、同市内の中高大学生の参加を得てVFESを用いた「水防災競技会」を開催しました。 同競技会に参加予定の学生の方々には、各校毎に想定される水災害や適切な避難行動について事前に学習していただきました。学習はVFES上でアバターを操作する体験者と、図-1に示す管理者画面も見ながらそれを応援する参加者に分けて、交代しながら、つくば市内の水災害の発生可能性がある地域を対象に構築したVFESを用いた仮想避難訓練を実施しました(図-2 左写真)。 それを踏まえて同競技会にて一堂に会し、共通の仮想空間内で水災害を体験しながら、各々で情報収集や避難経路等を選択し得点や避難所への到達時間を競い合いました(図-2 右写真)


図-1 参加者が閲覧したVFESの管理者画面

図-1 参加者が閲覧したVFESの管理者画面




図-2 事前学習と水防災競技会の様子

図-2 事前学習と水防災競技会の様子



 ゲーム感覚を取り入れることで対象学生の皆さんは積極的にVFESの学習に参加していただき、事前学習との組み合わせることで適切な避難行動を効率的かつ楽しみながら学習することが把握でき、VFESの水防災教育ツールとしての可能性を確認できる有意義なイベントとなりました。






(問い合わせ先 : 水災害・リスクマネジメント国際センター  水災害研究グループ)

下水汚泥脱水における地域バイオマス活用の検討


1.はじめに

 社会活動により生じる汚水は、下水道で集められ、下水処理場で処理されています。下水処理場では、処理の過程で、高含水率のドロドロとした粘性の強い流動物(汚泥)が発生します。 なお、その汚泥の量は、日本国内で発生する産業廃棄物の約20%を占めています。発生段階の汚泥は、まずは静置して上澄みの水を捨てるなどして濃縮します。濃縮後の段階では含水率が97~98%もあり、流動物の状態です。 その後、この流動物に、高分子凝集剤を添加・混合し脱水機で絞り、含水率を76~80%にまで減らします。絞り滓は脱水ケーキと呼ばれ、固形物として運搬でき、その後、乾燥・炭化・焼却や、肥料原料として活用されます。本稿では、汚泥の脱水工程で、脱水を促進するために添加される高分子凝集剤(脱水助剤)の削減手法の研究についてご紹介します。



2.地域バイオマスを脱水助剤として利用する試験

 河川や公園などの公共事業では、伐木や刈草などのバイオマスが発生しており(写真-1 or 写真-2)、リサイクルやコスト縮減の観点から有効利用が求められています。本研究では、公共事業から発生する刈草を、脱水助剤の代替として活用する方法を検討しています。

 

 ・脱水機の種類
 下水処理場に導入されている主要な3つの種類の脱水機(ベルトプレス脱水機、スクリュープレス脱水機(写真-3)、遠心分離脱水機)を対象に検討を実施しています。


 ・刈草の破砕・混合方法
 高分子凝集剤は薬液のため簡単に汚泥と混合され、汚泥を輸送する配管内での閉塞等の心配はありませんが、刈草を脱水助剤として利用する場合には、配管内での閉塞を防ぐために、ある程度以下のサイズにまで細かく破砕する必要があります。 一方、細か過ぎると、脱水効果が低下したり、破砕のための手間がかかり過ぎたりするため、最適な破砕方法の検討が必要です。また、汚泥量に対する最適な刈草の投入量や、投入・混合方法の検討も必要です。


 ・効果の検証
 検討結果の一例を示すと、実下水処理場のベルトプレス脱水機を用いた検討では、通常の脱水に比べて高分子凝集剤の添加量を24%程度削減でき、さらに、脱水ケーキの総重量が3%減少し運搬などのコスト削減にも繋がる結果が得られました。 今後は、長期連続試験などの知見の集積につとめるとともに、システム全体のコストや温室効果ガス発生量の削減効果など、総合的に評価していきたいと考えています。





写真-2 河川事業から発生するバイオマス

写真-2 河川事業から発生するバイオマス


写真-4 バイオマス混合脱水後の脱水ケーキ

写真-4 バイオマス混合脱水後の脱水ケーキ


写真-2 河川事業から発生するバイオマス

写真-1 河川事業から発生するバイオマス


写真-3 脱水機の例(スクリュープレル脱水機の外観)

写真-3 脱水機の例
(スクリュープレル脱水機の外観)








(問い合わせ先 先端材料資源研究センター 材料資源研究グループ)