研究の紹介

ダムの小さな揺れの変化に着目した健全度診断の試み


図-1 常時微動計測による固有振動数の同定
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写真-1 常時微動を計測する計測機器を設置中



1.研究の背景と経緯

  ダムは、その役割と構造物としての規模の両面から、簡単に代替施設に機能を譲ったり造り直したりすることはできません。このため、ダム堤体そのものは極めて長期の供用を前提とした材料・構造で設計・施工されています。現在まで、ダムの堤体がその経年劣化により安全性に重大な影響を生じた例は報告されていません。しかし、供用開始後長期間にわたり風雪に耐えてきたダムも増えています。今後、供用開始後長期間経過する管理ダムの数がさらに増加することを考えると、多くの管理中のダムで、ダムの健全度診断を効率的に行うことが求められます。また、大規模地震時には地震直後に多くのダムの安全性を早期に把握することも必要となります。このため、詳細調査に入る前に、一次スクリーニング的にダムの健全度診断を効率的に行う手法を開発していく必要があると考えています。このため、水工構造物チームでは、ダム堤体の長寿命化を支える研究の一環として、ダムの健全度の変化を捉えるための診断技術の開発に取組んでいます。


2.ダムの小さな揺れを計ることで構造物の状態を知る

  ダム堤体の健全度を診断する技術として、例えば、コンクリートダムを赤外線カメラで撮影し、画像解析から剥離箇所などを把握する方法があります。しかし、この手法は堤体表面のコンクリートの剥離を検知するのには有力ですが、厚いコンクリートの内部の状態を知ることはできません。内部の状況を調べたい場合には、現状では堤体を削孔して得られたコアを観察したり、削孔箇所での注水試験などから亀裂の有無などを調べたりすることになります。これらの方法は何らかの問題が疑われる箇所を特定できる場合には有効ですが、内部も含め堤体全体の状態を広く調べたい場合には向いていません。

  そこで着目したのが、ダム堤体の小さな揺れの変化を検知する手法です。具体には、図-1と写真-1に示すように、堤体内部の下部の通路と、そのダムの一番上部で”常時微動※”と呼ばれる小さな揺れを計測し、両者の周波数応答の関係から、増幅されやすい周波数として堤体の固有振動数を同定します。

  構造物の固有振動数は、微細な亀裂が生じるなどして構造体としての剛性が低下すると減少します。よって、固有振動数の変化をモニタリングすれば健全性の変化を捉えられる可能性があります。この手法は、地震で被災した建築物の被災度診断など他分野でも研究が進んでいます。ダムにおいても、堤体各部で同定した固有振動数のデータを時系列的に蓄積すれば、将来、相対的に劣化が進行している疑いのあるブロックを特定し、より詳細な調査につなげるなど、より効率的な調査・対策に役立つ可能性があります。

  現在、本手法の適用性について、重力式コンクリートダムを対象に実測や数値解析による検討を進めています。実際のダムでの試験的な計測によりデータを蓄積しつつ、その分析や数値解析との比較などにより本技術の適用条件を明らかにし、より早期・簡便に劣化の兆候を捉えられるダム堤体の健全度診断技術の1つとしての確立を目指していきたいと考えています。

  ※常時微動:地動や風などにより励起される微小な揺れ



(問い合わせ先:水工構造物チーム)

低炭素時代のコンクリート
〜地球温暖化防止のためにCO₂排出量を少なくする〜


 写真-1 (左から)セメント、高炉スラグ微粉末、
フライアッシュ
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 写真-2 コンクリート試験体の暴露試験
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 写真-3 コンクリート試験体の室内促進試験
(コンクリートの塩分浸透抵抗性を
評価するための室内促進試験)
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  地球規模の課題に対する取り組みは、コンクリートの分野でも行われています。この一例として、CO₂排出量の少ないコンクリートの研究を取り上げてみたいと思います。

  コンクリートは、世界中で使用されている建設資材で、セメントと水と砂と砂利が主な材料です。セメントの歴史は古く、古代エジプトのピラミッドやローマ帝国の水道橋などにも使われていました。その後の数千年間に渡る日進月歩の技術進歩を経て、USGS(米国地質調査所)の統計によると、今日では実に毎年約30億トン以上のセメントが世界で生産されているそうです。しかし、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、人類の経済活動に起因するCO₂排出量の約5%がセメントの製造に由来することが指摘されています。このため、CO₂排出量が少なく、これまでと遜色のない強度と耐久性を持つコンクリートを実用化できれば、低炭素社会の実現に向けて大きな役割を果たすことができると考えられています。

  では、CO₂排出量を減らしつつ、従来品と同等の強度と耐久性を持つコンクリートを作るためにはどうすれば良いのでしょうか。セメントの一部を他産業の副産物で置き換えたコンクリートを製造することが提案されています。代表的な副産物として、製鉄所の高炉で鉄鉱石を融解・還元する際に発生する高炉スラグを急冷・粉砕した高炉スラグ微粉末、火力発電所で石炭を燃焼する際に発生する灰を収集したフライアッシュがあります(写真-1)。同様の研究は過去にも行われていましたが、CO₂排出量の削減を主目的とした副産物の活用はコンクリートの長い歴史の中でも21世紀に新たに創出されたコンセプトです。

  副産物を多量に混合したコンクリートを公共事業で広く使用していくためには、十分な強度や耐久性を有することを実環境下で検証しておくことが不可欠です。このため、副産物の種類と使用量を様々に変えたコンクリートの試験体を多数製作し、日本各地で暴露試験を行っています(写真-2)。これらの試験体を定期的に調査することにより、長期的な強度と耐久性を明らかにすることを試みています。また、暴露試験では結果を得るために数年から数十年の試験期間が必要になるため、コンクリートの耐久性を数時間で迅速に評価できる室内促進試験の開発にも取り組んでいます(写真-3)。

  CO₂排出量の少ないコンクリートの実用化により低炭素社会の実現に貢献するため、私たちは低炭素時代におけるコンクリートの利用技術の研究に取り組んでいます。



(問い合わせ先:基礎材料チーム)

泥炭土水田で良質米を生産する仕組み


図-1 地下かんがい施設と良質米生産の仮説
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写真-1 大区画水田の現地試験の様子
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写真-2 低タンパク米対策室内試験装置の概要
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  北海道の石狩川流域には広大な泥炭土(湿地に発達する有機質土で、枯死した湿性植物遺体が過湿な条件下で分解が抑制され厚く堆積したもの)が分布し、その多くは水田として利用されています。しかし、当該地域での農家戸数の減少が危惧され、担い手農家への農地の集積と農作業の省力化を実現するため、水田圃場の大区画化(従来サイズの複数の水田を1枚の大規模な水田に造成整備すること)と地下かんがい施設の整備が進められています。地下かんがい施設の概要を図-1に示します。

  良質のお米を生産するためには、生育中期に中干し、生育後期に落水という地下水位の低下による土壌表面の乾燥を行う必要があります。このため、水田には暗渠管という排水管を地中に埋め、水こうという地下水位の調節装置を操作して、余分な水を排水させ、地下水位を低下させます。この暗渠管に用水路から水を注水し、水こうを調節して地下水位を任意の高さまで上げて下層から作物に水を供給するシステムが地下かんがい施設です。

  地下かんがい施設を導入することにより、水田を畑として利用して、大豆や小麦を作付けし、適期に地下かんがいを行って作物を干ばつから守り、大豆や小麦の安定生産が可能となります。

  このため、農家は自分の所有する水田を使って、ある水田では水稲を、ある水田では大豆や小麦を作付けすることにより、農繁期の農作業の分散を行って農作業の省力化が可能となります。

  おいしいお米を生産するには、お米の中のタンパク質含量をある程度低下させる必要があります。そのためには、水稲のお米の粒が形成される時期(登熟期)に、水稲が余分な窒素を吸収しないようにする必要があります。

  しかし、泥炭土水田では、登熟期に泥炭が分解して発生する余分な窒素が吸収されてしまい、お米の中のタンパク質含量が多くなってしまうことがあります。

  資源保全チームでは、泥炭土水田でのお米のタンパク質含量を少なくするため、地下かんがい施設を使って登熟期に地下水を上下させ、泥炭の分解により発生した余分な窒素を洗い流す試験を行っています(写真-1)。

  試験の結果、水稲の登熟期に地下水を上下させることにより、水稲の根の回りの窒素を少なくすることができ、お米の中のタンパク質含量もある程度低下できることがわかりました。

  今後は、水位の上下パターンを変えて、土壌中の窒素動態の変化を調べる室内試験(写真-2)と圃場試験を行い、より低タンパク質含量のお米の生産が可能な地下水位を上下させるタイミングを追求していく予定です。



(問い合わせ先:寒地土木研究所  資源保全チーム)

トンネルから排出される地下水の水質に関する研究


図-1 既設トンネルから排出される地下水のpH分布



図-2 酸性水による坑壁劣化の様子


  日本国内には天然に酸性からアルカリ性(pH1〜11程度)までの地下水(温泉)が存在しています。例えば、玉川温泉(秋田県)pH1.3や旧幌内鉱山(北海道)pH1.7等があります。そのため、トンネルを掘削していると、高い酸度やアルカリ度をもつ液性の地下水に出くわすことがあります。図-1は、北日本及び東日本における既設トンネルから排出される地下水のpH分布を示しています。これらの通常と異なる液性の地下水は工事中だけでなく、完成後にも長期にわたってトンネルの外へと排出され、河川や海へ流されます。しかしながら、これらが長期にわたって周辺環境にどのような影響を与えているのか明らかにされていません。そこで本研究では,既設トンネルで恒常的に排出される地下水を採水し,pH・電気伝導度・酸化還元電位等の水質調査のほか、地下水中の微量元素を分析し、土木構造物や周辺環境に与える影響を調べています。

  図-2は、酸性水を排出するトンネルの坑壁の写真です。建設から50年以上が経過していますが、建設直後からpH3程度の高い酸度の地下水が覆工コンクリートを酸食し,コンクリートを溶かしたり剥離させています。排出される地下水に含まれる微量金属を調べると、カルシウムは周辺の沢水の3倍、鉄は17倍もの濃度で溶け出していることが分かりました。これらはコンクリートや支保から溶出していると推定されます。実際に坑壁に掘削したボーリングコアには溶けたコンクリート片が見つかっています。一方、これらの地下水には自然由来のヒ素、鉛、セレン等の人体に有害な元素も含まれていました。これらは、坑壁背後の岩盤から溶け出したと考えられます。酸性水にはコンクリートや支保だけでなく、岩盤中の鉱物も溶かす働きがあるようです。

  今後は、トンネルの地山の地質や水質との相関を解析し、排出される地下水が維持管理や環境に与える影響を明らかにする予定です。



(問い合わせ先:寒地土木研究所  防災地質チーム)