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氾濫原環境の劣化機構と修復に関する研究大河川に特徴的な氾濫原環境の保全を目指して

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背景と目的

氾濫原とは、河川が洪水時に冠水する領域のことを指します。陸域と水域の中間的な特徴を持つ氾濫原は、冠水に適応した多様な生物相を育む場所であり、生物多様性保全の観点から重要な景観要素といえます。河川沿いに連続した堤防が築かれる前は、河川近傍だけでなく後背湿地も含めた広大な氾濫原が存在していました。現在では、氾濫原特有の水域環境は、人為的な冠水域が形成される水田・農業用水路と、堤防に挟まれた河川近傍にわずかに残る領域(河道内氾濫原)に限られています。さらに、1970年頃の河川では砂州が広がっていましたが、様々な人為的な影響により流路が深くなり(河床低下)、流路の水位と陸域(砂州)の地盤高との間で高低差(比高)の拡大が生じた結果、冠水の影響を受けにくくなった砂州では樹木が繁茂するようになりました(樹林化)。そして、今や氾濫原を主な生息場所とする淡水性二枚貝類やタナゴ類など多くの種が絶滅危惧種となっています。本研究では河道内氾濫原の半止水域(ワンド・たまり)に生息する淡水性二枚貝に注目し、どういった特徴を有する氾濫原において高い生物多様性を有することができるのか、氾濫原環境の劣化機構と修復に関する研究を進めています。

研究1

二枚貝の生息量は多様な魚種が棲める氾濫原環境の指標となります

淡水性二枚貝は、様々な生物間相互作用(タナゴ類の産卵基質、底生生物の生息基質、魚類への寄生、食物連鎖など)を伴って生存していることに加え、移動能力が極端に小さく、数十年以上という長い寿命をもつことから、その場の環境条件を反映し易いと考えられます。そこで、氾濫原生態系において、二枚貝の生息が魚類の種の多様性の指標となるのかについて検討したところ、二枚貝の生息量が多い水域ほど、魚類の分類群数と多様度指数も大きくなっていました(図1)。このことから二枚貝が多く生息する氾濫原環境は、魚類の生物多様性も高いことが示唆されます。

 図1. 氾濫原水域における二枚貝と魚類との関係
  両軸とも標準化した値を使用している

研究2

二枚貝の生息し易さは比高に応じて異なります

近年、各地の河川でみられる河床低下により、河川水面と陸域(砂州)の地盤高の高低差(比高)が大きくなり、氾濫原に生息する生物にとって重要な冠水頻度が変化しているものと考えられます(図2)。また、洪水時の物理的攪乱も、これらの生物にとって重要であり、この攪乱の強度は勾配に応じて変化します。そこで、勾配の異なる木曽川と木津川を対象に二枚貝の生息可能性と比高との関係性について調べました。木曽川では比高が小さいほど、二枚貝が生育しやすいことが示されましたが、木曽川に比べて急勾配の木津川では比高が小さすぎても増水時の強い流れの影響により、二枚貝の生育に適さないことが示されました(図3)。

 図2. 比高と冠水頻度の関係
  比高が小さいほど冠水頻度は高くなる
 図3. 二枚貝の生息可能性と比高の関係

研究3

高水敷の掘削を工夫することで環境の改善が可能となります

治水対策の一環として実施される高水敷の掘削(コラム参照)は、冠水し易い場を形成し、氾濫原環境を創出する機会にもなります。揖斐川を対象に、二枚貝の生息にとって好ましい高水敷掘削のあり方について検討したことろ、渇水位や低水位など掘削高さが低い(比高が小さい)場所ほど、二枚貝が多く生息できるワンド・たまりが形成されることが分かりました(図4)。ただし、掘削後5年ほどで最大となり、その後は減少することから(図4)、こうした時間変化を考慮したうえで治水目的の整備と調整を図り、氾濫原環境の改善に高水敷掘削を活用することが大切だと考えられます。

 図4. 掘削工区における二枚貝生息量と掘削高さおよび
   経過年数との関係
   掘削高さ3は低水位に該当し、5は豊水位に該当する

COLUMN 高水敷の切り下げ

河川において、平常時に水が流れている場所を低水路と呼び、増水時に低水路から溢れだした水が流れる場所を高水敷と呼びます。治水目的で実施される高水敷の切り下げ掘削は、流下能力を増加させるだけでなく、高水敷の地盤高を低くすることから、冠水し易い場を形成し、氾濫原環境を創出する機会になります。現在、良好な氾濫原環境の再生にとって、どのような掘削の仕方(高さや形状など)が適しているのかについて検討が進められています。