ARRCNEWS

ダム周辺生態系の再生事業に関する研究ダム下流の生物に配慮した適切な土砂供給を目指して

このページのPDFARRCNEWS20周年特別記念号全ページのPDF

背景と目的

ダムのような河川横断工作物は山地から発生した土砂をせき止め、上流から下流への土砂の移動を阻害してしまいます。土砂が供給されなくなったダム下流では、洪水のたびに砂や小さな礫が流されることで河床が粗粒化し、生物相が大きく変化することが知られています。このような土砂の問題と生物への影響を緩和するために、ダムの上下流をトンネルでつないで洪水時に土砂を含む濁水を下流へ流す土砂バイパスなどの再生事業が実施されてきました。しかしながら、事業後の評価事例はまだ少ないうえに、供給量が多すぎた場合の礫の埋没や高濃度の濁水による生物への負の影響も懸念されています。本研究では、埋没や濁水による生物への負の影響を評価するとともに、実際の土砂バイパストンネル運用による河床環境改善効果を検証し、効果的な土砂供給事業の確立を目指しています。

研究1

高濃度の濁りがアユの忌避行動を引き起こします

多くの魚類は濁りに対してその場所から離れようとする忌避行動を示すため、濁水が発生した河川からは魚類が減少する可能性があります。水産有用魚であるアユに関しても、既往の室内実験において25mg/L程度の低濃度の濁度で忌避行動を示すことが報告されてきました。一方で、本研究で行った実験河川での野外実験ではそれよりも高い濃度(約200mg/L)で忌避行動が確認されました。今後は、室内と野外で違いが見られた理由を検証するとともに、アユが実際の河川で忌避行動を示す濁度を明確化し、再生事業の管理目標に生かしていきたいと考えています。

図1. 濁度に対するアユの忌避行動
  実際は実験データから予測された避難確率を示す

研究2

石礫の埋没はアユの摂食行動を阻害します

アユは礫表面に生育する藻類を餌とするため、土砂供給による石の埋没はアユの摂食環境を改変する可能性があります。そこで、石の埋没がアユの採餌にどの程度影響するかを調べるため、実験水路で異なる3段階の露出高(河床表面の砂面から露出している石の高さ)の礫に対するアユの摂食回数を計測しました、その結果、露出高5cmより2cmで摂食回数が少なくなりました。野外での行動観察でも同様の傾向が確認されていることから、露出高が5cm未満になるとアユの摂食に影響を及ぼす可能性があり、石が過度に埋没しないような工夫が求められます。

  図2. 露出高に対する摂食回数
     エラーバーは標準偏差を示す

研究3

生物相の回復には継続的な土砂供給が重要です

ダム下流への土砂供給によって、ダム下流の生物群集も本来(ダムがない場合)の状態に近づくことが予想されます。そこで、実際にバイパストンネルが運用された小渋ダムにおいて、土砂供給前後に生物調査を行い自然河川とダム下流の生物群集がどれだけ似ているのかを比較しました。供給前はダム下流の生物群集が自然河川とあまりに似ていませんでしたが、1回目の供給後は、まず藻類のみ類似度が上昇し、2-3回目の供給後には底生動物や魚類の類似度も上昇しました。このことから、ダム下流の生物相の改善には継続的な土砂供給が重要だと考えられます。

 図3. 土砂供給前後のダム下流と自然河川の生物群種の類似度
    縦軸は種ごとの在不在にもとづく
    群集の類似度(Bray-Curtis Similarity)を表す

●COLUMN 粗粒化と生物への影響

「粗粒化」とは、河床の砂や小さな礫が流出し、大きな石だけが残ってしまう現象のことです。粗粒化すると、砂などを生息場や産卵場として必要とする魚類や底生動物等の数が減ってしまいます。さらに、ダムによる流量調整が流況を安定させることで、大きな石の表面には糸状の付着藻類が繁茂し、そこにシルトが堆積すると藻類食の生物も餌として食べにくくなります。このような河床は景観的にもよい状態とは言えず、改善が求められてきました。