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ダム下流に土砂が供給されると水生昆虫の種組成はどう変化しますか?

ダム下流に土砂が供給されると水生昆虫の種組成はどう変化しますか?

継続的に土砂が供給されることでダムのない河川の種組成に近くなります。

背景と目的

  山地から流出した土砂をダムがせき止めることで、ダム下流では土砂が不足し、河床の生物相が大きく変わることが知られています。土砂バイパスは、ダムの上下流をトンネルでつなげることで、出水時にダム上流から流れてきた土砂を直接下流へと供給する手法であり、ダム下流の生態系を回復させる効果が期待されています。長野県の小渋ダムでは2016年から土砂バイパストンネルの運用が開始され、2017年末までに計5回の放流が行われました(図1)。本研究では、河床に生息する水生昆虫を対象に、土砂供給による生物相の回復効果を検証しました。

方法

  小渋ダムの上流・下流および回復の目標となる環境と水生昆虫相を有する遠山川(上流にダムのないリファレンス河川)を選び、これらの河川における水生昆虫相を比較しました。土砂供給前に2回、1~2回目供給後に2回、3回目供給後に1回、4~5回目供給後に2回調査しました(図1赤矢印)。そして、ダム下流の水生昆虫相の時間的変化と目標となる水生昆虫相との違いを明らかにするために、各河川で出現した種ごとの個体数をもとに種組成の非類似度(Bray-Curtis Dissimilarity)を算出し、NMDS(Non-metric Multidimensional Scaling)によって二次元平面上に表しました。

結果と考察

  NMDSによる解析の結果、供給前(○)と1~2回目供給後(△)、3回目供給後(+)において、赤で示すダム下流と緑・青で示すダム上流・遠山川のプロットはNMDS平面上で離れており、種組成が異なることが分かりました(図2、3)。一方で4~5回目の土砂供給後(×)、ダム下流の水生昆虫相は大きく変化し、目標となるダム上流や遠山川に似る結果となりました。4~5回目の供給では、放流量と土砂供給量が1~3回目の供給よりも多かったため、生息環境が大きく変化し、水生昆虫相も変化したと考えられます。加えて、ダム下流で再生事業を行った際の生物の反応は、環境の変化とタイムラグがあることが報告されています。これは改善された生息環境に適した新たな種が移入してくるのに時間がかかるためです。そのため、今後も継続的な土砂供給によって、改善された環境が維持されれば、ダム下流の水生昆虫相はダムのない河川の種組成により近づくことが予想されます。

■図1 小渋ダム下流における土砂バイパス放流量
赤矢印は調査日を示す。試験放流は平水時に行われ、
土砂をほとんど伴わなかった。
■図2 NMDS法による群集解析によって得られた
水生昆虫の種組成の違い
各プロットは各調査地の種組成を表しており、プロット間の距離が近いほど
種組成が似ている。線は調査河川・時期ごとのまとまりを示している。
3回目供給後はダム下流でのみ調査した。
■図3 小渋ダム下流(放流前)と
ダム上流および遠山川で出現した代表的な分類群