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二枚貝の減少と再生への道 -氾濫原生態系の指標として-

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氾濫原は淡水性二枚貝の大事な棲家です

河川の増水により水が溢れ、浸水する範囲を氾濫原と言います。氾濫原には、淡水性二枚貝の棲家となる独特の水域環境が形成されています。しかし現在、二枚貝は人知れず且つ急速にその姿を消しています。二枚貝が生息できる氾濫原水域とは、どのような環境なのでしょうか?

ワンド・たまりと水路における二枚貝の生息条件を明らかにしました

報告:担当研究員 永山滋也
(独)土木研究所 自然共生研究センター
報告:担当研究員 根岸淳二郎
北海道大学大学院 地球環境科学研究院/前(独)土木研究所 自然共生研究センター

◆本研究の対象となる淡水性二枚貝イシガイ類

(農業用水路におけるイシガイ類の生息条件)

方法

岐阜県関市の農業用水路において、イシガイ類4種(オバエボシガイ、カタハガイ、トンガリササノハガイ、マツカサガイ)の生息条件を調べました。まず、水路の底面が砂礫で覆われているタイプ(砂礫タイプ)とコンクリートで固められているタイプ(固定タイプ)の2タイプの水路に分けてイシガイ類の採取を行い、水路タイプ間で生息量を比較しました。次に、イシガイ類4種が共存している水路に着目し、各種がどのような物理環境を好むのか調べました。その際、水路を細かくメッシュ状に区切って、個々のメッシュにおけるイシガイ類の存在の有無ならびに水深、流速、砂礫のサイズを測定しました。

図1 2タイプの水路におけるイシガイ類の生息量

結果1
二枚貝の生息には砂礫が大切

2つの水路タイプ間でイシガイ類の生息量を比較した結果、砂礫タイプの水路で生息量が多く、固定タイプの水路ではほぼ生息が確認されませんでした(図1)。

結果2
種によって好みの場所が違う

図2 水路におけるイシガイ類4種の生息環境

イシガイ類が存在した場所(メッシュ)の特徴を調べた結果、それぞれの種が異なる物理環境を好むことが分かりました。例えば、トンガリササノハガイとオバエボシガイは流速、水深、砂礫サイズが大きい“流心環境”を好むのに対し、カタハガイはそれらの値が小さい“水際環境”を好んで利用していました(図2)。

考察
水路底面の砂礫と多様な流れが重要

2つの水路タイプ間の比較から、イシガイ類が生息するためには、水路の底面に砂礫の存在が必要であることが分かりました。また、水路内においてイシガイ類が存在する位置や好む物理環境が種によって異なったことから、多くの種が共存するためには、水路内に多様な流れが必要であることが分かりました。以上のことから、水路におけるイシガイ類の保全のためには、水路底面をコンクリートで固めず砂礫の状態を維持するとともに、水路の屈曲や河岸の微地形を保全し、多様な流れを作り出すことが必要だと考えられます。

(ワンドやたまりにおけるイシガイ類の生息条件)

方法

木曽川中流域に残存するワンドやたまり(写真1)といった氾濫原水域を対象として、イシガイ類(イシガイ、ドブガイ属、トンガリササノハガイ)の生息条件を調べました。各水域(図4全ての 印)においてイシガイ類を採取し生息量を定量化するとともに、水質、有機物量(枝葉など)、泥厚などを測定しました。また、流量および地形データから、各水域が冠水する(川と連結する)頻度を算出し、生息量との関係を調べるとともに、地形データと空中写真を用いて、河道の最深河床高と植生被覆率、ならびに氾濫原水域(ワンド・たまり)周縁部の標高を計算しました。さらに、冠水頻度の異なる3タイプの水域において、イシガイ類の移植実験を行い、イシガイ類の成長率と生残率を調べました。

写真1 木曽川のワンドとたまり

結果1
頻繁に冠水する氾濫原水域が重要

河道の最深河床高と氾濫原水域の標高差は過去から現在にかけて約3m広がり、氾濫原は徐々に植生(樹木)で覆われてきていることが分かりました(図3)。これは、本来河原だった場所が冠水しにくくなり、樹林化が進行したことを示しています。また、増水による1年あたりの冠水頻度が大きい水域ほど、イシガイ類の生息量も多いことが確認されました(図4)。これは、規模の小さな増水でも頻繁に冠水する水域に、イシガイ類がたくさん棲んでいることを示しています。具体的には、1年に4、5回以上冠水する水域にのみ、イシガイ類が生息していました。

図3 過去45年の河道( )と氾濫原水域( )の
標高ならびに氾濫原の樹木被覆率の推移(
図4 各水域の冠水頻度とイシガイ類生息量との関係
(色の付いた丸は、図5の各水域を示す)

結果2
貧酸素状態がイシガイ類の大敵

イシガイ類の非生息水域(図4 印)は、生息水域(図4 および 印)に比べ、水底の有機物量と泥厚の値が大きく、それらが一因と考えられる貧酸素状態(< 2mg/L)の発生頻度も高いことが分かりました(図5)。また、移植実験の結果、イシガイ類が生息していないことが分かっている低冠水頻度(1~3回/年)の水域では、イシガイ類の成長率と生残率が他の水域よりも顕著に低いことが明らかになりました(図6)。

考察
氾濫原の伐採や掘削が緊急の対処法

図5 各水域における貧酸素発生頻度
図6 冠水頻度の異なる3タイプの水域における イシガイの生残率

過去の氾濫原は本川河床との標高差が小さく頻繁に冠水するため、貧酸素状態に陥る氾濫原水域は少なく、イシガイ類の生息環境として好適であったと考えられます。しかし、近年は、河床低下に伴う冠水頻度の減少により、本来河原だった氾濫原に樹木が侵入して氾濫原水域への有機物(枝葉)の供給量が増大しています。冠水頻度の減少は、氾濫原水域の水の入れ替えや有機物の掃流機会の減少も引き起こすため、貧酸素状態に陥る水域を増大させ、その結果、イシガイ類の生息を困難にしていると考えられます。以上のことから、イシガイ類が生息可能な水域を保全・再生するためには、氾濫原を面的に掘削して樹木を取り払うとともに、本川水位との比高を小さくして冠水頻度を増加させることが1つの対策として考えられます。

(研究成果の適用事例)

水路拡幅による流況の均質化、泥の堆積、コンクリートによる流路底面の固定によって、イシガイ類生息環境の悪化が懸念された岐阜県関市南西部の農業用水路において、地元の環境保護団体(岐阜・美濃生態系研究会)および自治体との協働により、生息環境に配慮した改修工事を実施しました。本研究成果に基づき、水路底面の砂礫の維持、水路内の多様な流れの創出を目的とした施工を行い、現在でもイシガイ類の生息と繁殖が確認されています。また、国土交通省木曽川上流河川事務所が木曽川中流域で実施しているイシガイ類およびタナゴ類の生息環境再生を目的とした事業では、本研究成果を考慮し、氾濫原の樹木伐採、掘削とともに、保全・再生に向けたワンドやたまり毎の緊急性評価が行われています。