III 水環境における水質リスク評価に関する研究
研究期間:平成13年度~17年度
プロジェクトリーダー:水循環研究グループ上席研究員(水質) 鈴木穣
研究担当グループ:水循環研究グループ(水質)、材料地盤研究グループ(リサイクル)
1. 研究の必要性
近年、水を経由した微量化学物質や病原性微生物などの汚染によって、人の健康や野生生物を含む生態系への影響が懸念されている。このため、水環境における微量化学物質や病原性微生物の汚染状況の把握、汚染原因の究明、影響の評価、対策の必要性の判断、さらには必要に応じて対策の実施が求められている。
2. 研究の範囲と達成目標
本重点プロジェクト研究では、水環境に含まれるエストロゲン作用をもつ環境ホルモン、ダイオキシン類、および病原性微生物を対象として、その検出試験方法、影響評価方法を開発し、水環境での挙動を解明するとともに下水処理の効果を明らかにすることを研究の範囲とし、以下の達成目標を設定した。
(1) 環境ホルモン、ダイオキシン類の挙動の解明とホルモン作用の包括的評価指標の開発
(2) 環境ホルモン、ダイオキシン類の簡便な試験手法の開発
(3) 下水中の環境ホルモンが淡水魚に与える影響と下水処理場における処理効果の解明
(4) 下水・汚泥の再利用などにおける病原性微生物のリスク評価手法の開発
3. 個別課題の構成
本重点プロジェクト研究では、上記の目標を達成するため、以下に示す研究課題を設定した。
(1) 都市排水由来の化学物質の水環境中での挙動に関する研究(平成13~17年度)
(2) ダイオキシン類の存在形態とモニタリング・分析手法に関する研究(平成12~14年度)
(3) 下水道における微量化学物質の評価に関する調査(平成13~17年度)
(4) 都市排水に含まれるエストロゲン様物質が魚類に及ぼす影響と指標化に関する研究(平成14~17年度)
(5) 病原性微生物の同定方法および挙動に関する研究(平成11~17年度)
4. 研究の成果
本重点プロジェクト研究の個別課題の成果は、以下の個別論文に示すとおりである。なお、「2. 研究の範囲と達成目標」に示した達成目標に関して、本研究で得られた成果を要約すると以下のとおりである。
(1) 環境ホルモン、ダイオキシン類の挙動の解明とホルモン作用の包括的評価指標の開発
本達成目標は、環境ホルモン等の分析方法を開発して水環境中での挙動を解明するとともに、ホルモン作用を示す物質と包括的評価指標の関係を明らかにすることによって包括指標の開発を行うものである。
1) ノニルフェノール類、エストロゲンの分析方法の開発
(1) | ノニルフェノール類(NP類)について、NP、NP1EO~NP15EO、NP1EC~NP10ECの分別定量法を開発した。 |
(2) | エストロゲンについて、遊離体分析前処理の簡易化を行うとともに、抱合体の分析方法を開発した。 |
(3) | 底質・汚泥中のNP類、エストロゲンについて、遊離体に関する分析法を確立するとともに、抱合体分析における回収率を明確にした。 |
(1) | 河川において、エストロゲン、NP類の河道内流下方向における挙動と分解現象を解明するとともに、底生生物への濃縮実態を明らかにした。 |
(2) | 湖沼において、エストロゲン、NP類の挙動特性を解明するとともに、底泥への濃縮実態を明らかにした。 |
(1) | NP類の湖沼浮遊物への吸着機構について、濃度の影響、物質特性との関係、多成分系での特性を明らかにした。 |
(2) | 湖沼底泥の深さ方向におけるエストロゲン、NP類の蓄積実態を解明し、過去の流域条件(人口、社会活動、排水処理形態)との関係を評価した。 |
底質の巻き上げが卓越する状況においては、SSと水質ダイオキシン類の間に良好な関係が成立し、この関係は汚濁防止工により大きく変化しないことを明らかにした。 |
下水処理水および河川水に極性分画手法を適用し、エストロゲン活性がE2、E1、NPの分画に集中するとともに、E1の寄与が相対的に高いことを明らかにした。 |
遺伝子組換え酵母により測定される試料水のエストロゲン活性と、雄メダカに生成されるビテロジェニン濃度の関係を明らかにし、メダカの性転換をエンドポイントとした試料水の影響評価手法を提案した。 |
(2) 環境ホルモン、ダイオキシン類の簡便な試験手法の開発
本達成目標は、公定法等に比べて簡便で、かつ所期の精度で環境ホルモン等が測定できる手法の開発を行うものである。
1) 河川中のダイオキシン類の代替指標による簡易モニタリング手法の提案
底質中のダイオキシン類濃度を強熱減量等の代替指標で調査する手法、及び対策工事中のダイオキシン類の巻き上げ拡散状況をSS等でモニタリングする手法について提案し、その精度を評価した。 |
底質中のダイオキシン類を迅速に分析するための、乾燥・抽出方法を複数比較検討した結果、高速溶媒抽出法の応用による工程の迅速化が可能であることを確認した。 |
底質中ダイオキシン類の簡易分析法として、迅速な前処理が可能な高速溶媒抽出法を提案するとともに、種々の検討の中から、四重極GC/MSによる測定法を提案した。 |
ダイオキシン類測定データの精度を確認するソフトウエアを作成した。 |
エストロン測定のための酵素標識免疫測定法(ELISA)を開発するとともに、エスロトゲン分析精度向上のための前処理法を開発した。 |
(3) 下水中の環境ホルモンが淡水魚に与える影響と下水処理場における処理効果の解明
本達成目標は、下水処理水等に対する魚類影響評価の試験系を開発し、これを用いて下水中の環境ホルモンが魚類雌性化に与える影響を評価するとともに、下水処理場における環境ホルモン物質の挙動を把握して、下水処理による環境ホルモン除去の効果を解明するものである。
1) 都市河川中の女性ホルモン様物質が魚類の雌性化に及ぼす影響の解明
2) 水中でのノニルフェノール類、エストロゲン類の分解、生成などの現象解明
(1) | エストロゲン純物質が雄メダカのビテロジェニン生成に与える影響を評価した。 |
(2) | 現場型曝露試験システムを開発し、雄メダカを試験生物とした河川水・下水処理水の曝露試験法を構築した。 |
(3) | 河川水・下水処理水への曝露試験により、雄メダカにビテロジェニンが生成される現象を把握し、水試料の女性ホルモン様物質濃度との関連性を明らかにした。 |
(1) | 下水試料について、ノニルフェノール類(NPs)の分析法、および、天然エストロゲン(E2, E1)、合成エストロゲン(EE2), エストロゲン抱合体のLC/MS/MSを用いた分析法を開発した。 |
(2) | 全国の下水処理場の流入水及び処理水について、NPs、E2, E1、抱合体およびEE2の実態を明らかにした。 |
(3) | NPsやエストロゲン類の分解過程に対する溶存酸素濃度の影響を明らかにした。 |
(4) 下水汚泥の再利用などにおける病原性微生物のリスク評価手法の開発
本達成目標は、分子生物学的手法を用いて原虫やウイルスの迅速・高感度検出方法を検討するとともに、水環境中や下水処理過程での病原性微生物の挙動を解明することにより、病原性微生物のリスク評価手法を開発するものである。
1) 病原性原虫、ウイルスの迅速・高感度検出法の提案
(1) | リアルタイムPCR法活用によるクリプトスポリジウムの検出では、土研で開発を行ったプロ-ブ、プライマ-を適用することで、オ-シスト数1個相当から検出することを可能とした。従来の顕微鏡観察と比較して迅速かつ判定に熟練を要しない測定法を確立した。 |
(2) | ノロウイルスの検出では、最適な濃縮・分離、前処理法を提案することで、高回収率が得られかつ低濃度試料に対応したウイルス測定法を確立した。細胞培養法による従来の腸管系ウイルスの測定と比較して迅速・簡易かつ高感度に測定を可能とした。 |
(1) | 活性汚泥処理法によるオ-シストの除去率を解明するとともに、感染症発生時において高濃度のオ-シストが流入する場合には、除去率を向上させるために対策手法導入の必要性を明らかにし、その対策手法を確立した。 |
(2) | 流入下水中のノロウイルス濃度は、夏季と冬季で大きな違いがあり、高濃度のウイルスが流入する冬季では、処理水中に残存が測定されたため、冬季の感染流行期における下水処理場での対策の必要性を明らかにした。 |
(1) | マウスを利用したオ-シストの感染性の評価では、海水、水道水、河川水の順で感染確率が低下するが、これらの試料中に1ヶ月保存した後でも感染能力を有していることを明らかにした。 |
(2) | 細胞培養法による顕微鏡観察およびELISA法によってもオ-シストの感染能力の有無を判定できるため、マウスによる感染性試験と比較すれば、簡易かつ短期間で感染能力の把握が行えることを明らかとした。 |
5. 事業・社会への貢献
(1)環境ホルモン、ダイオキシン類の挙動の解明とホルモン作用の包括的評価指標の開発
本研究における分析法や調査方法の検討は、国土交通省による「内分泌かく乱物質に関する全国河川実態調査」の計画立案や実施方法策定に貢献し、河川における存在実態の解明を可能とした。また、本研究成果より、水環境中の内分泌攪乱物質の存在並びに存在要因やその挙動に関する体系的な基礎的知見が得られ、河川管理者及び下水道管理者における内分泌攪乱物質対策に関する施策形成に資するものと考えられる。
(2)環境ホルモン、ダイオキシン類の簡便な試験手法の開発
本研究成果は、河川局によりまとめられたダイオキシン類に関するマニュアルに反映されており、また、ダイオキシン測定の精度確認ソフトは、現場に配布されている。
また、分析法に関する成果は下水試験方法などに反映されている。
(3)下水中の環境ホルモンが淡水魚に与える影響と下水処理場における処理効果の解明
本研究における調査方法の検討は、国土交通省による「内分泌かく乱物質に関する全国河川実態調査(魚類調査)」や「下水道における内分泌攪乱化学物質に関する調査」の計画立案や調査実施に貢献した。また、本研究により、河川水中等のエストロゲン活性が魚類雌性化に与える影響が定量的に示されたこと、および、下水道での環境ホルモン物質の挙動とそれに対する下水処理条件の影響が明確になったことは、今後の水環境行政において施策検討の基礎資料として貢献するとともに、下水道管理者における内分泌攪乱物質対策に関する施策形成に資するものと考えられる。
本研究において開発された現場型魚類曝露試験システムは、あらゆる調査地点で同一条件の試験を行えるため、全国の河川水質自動観測所に設置するなどにより、河川の魚類影響を調査することが可能になると考えられる。
(4)下水汚泥の再利用などにおける病原性微生物のリスク評価手法の開発
クリプトスポリジウムやノロウイルスを原因とした水系感染症は大きな問題として注目されていることから、簡易な検出法の提案、挙動解明、現状の課題などを明らかにしたことは、今後のさらなる実態解明や対策手法を構築する上で河川管理者、下水道管理者への貢献度は高いと考えられる。
また、分析法や対策手法、リスク評価方法の成果は、下水試験方法やマニュアル類に反映されている。
個別課題の成果
3.1 都市排水由来の化学物質の水環境中での挙動に関する研究
研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平13~平17
担当チーム:水循環研究グループ(水質)
研究担当者:鈴木穣,小森行也,岡安祐司
【要旨】
本研究は,界面活性剤の分解物質や人畜由来のホルモンなど都市排水由来の内分泌攪乱物質に関し,河川水・底質中などにおける調査分析手法の開発,また水環境中での分解・生成といった変化現象の把握を目的としている。
平成17年度は,ノニルフェノール類及びエストロゲンの底質・汚泥分析法の検討とノニルフェノール類の底泥への吸着,底泥からの溶出などの現象の解明について検討を行い,次のことが明らかになった。
1) NP・NPEOは底質では1g-dry以上,汚泥では200mg-dry以上用いることにより,概ね,従来の方法で一定の精度を維持して分析可能であることが確認された。しかしながら,NPECは抽出方法についての検討が必要であることが分った。また,エストロゲンは底質,汚泥とも遊離体については従来の方法で一定の精度を維持して分析が可能であるが,抱合体については引き続き検討が必要である。
2) NP類の手賀沼の浮遊物への吸着平衡は線形的である。NPsのうち,NPの吸着係数が最も高い値であるが,NPEO(NP1~15EO)の吸着係数はその60~50%程度であった。NPEC(NP1~10EC)の吸着係数はNPの10~30%程度であった。エトキシ基が増えることによって,NP1~15EOの吸着係数が若干減少するが、NP1~10ECはその逆の傾向を示し,それぞれの物質は同一の値に接近する。これはエトキシ基の数が増えることによって物性が似たようになるためであると考えられる。低濃度(数ppb)の濃度範囲であれば,NPsの混合液からの吸着における相互作用は無視できる程度であり,線形的な吸着平衡を考慮すればよいと考えられる。
キーワード:ノニルフェノール類,エストロゲン,抱合体,湖沼,挙動,シミュレーションモデル
研究予算:受託経費(下水道事業調査費)
研究期間:平13~平17
担当チーム:水循環研究グループ(水質)
研究担当者:鈴木穣、小森行也、岡安祐司
【要旨】
本調査は、下水中のエストロゲンの迅速測定法の提案、および下水処理過程でのエストロゲン、ノニルフェノール類の挙動の解明を目的とするものである。
平成17年度は、エストロゲンの下水処理過程での挙動把握を行った。具体的には、下水処理の好気工程における溶解性エストロゲンの遊離体や抱合体の挙動特性を、ベンチスケールの実下水処理連続実験装置で馴養した活性汚泥による回分実験において検討した。連続実験では、有機物除去に加えて、硝化も促進する程度の長いSRTに設定した。この連続実験で得られた活性汚泥を用いて、活性汚泥処理のエアレーションタンクでの流下を再現した好気回分実験では、曝気工程終了時のMLDOを3mg/L以下に設定した場合には溶解性エストロゲン遊離体(エストロン)の減少が見られたが、曝気工程終了時のMLDOを0.5mg/L以下に設定した場合には明確な減少がみられなかった。さらに、連続実験のエアレーションタンクの後段部分を無酸素条件に設定した連続実験では、溶解性エストロゲン(エストロン)の増加が観察された。このことから、溶解性エストロゲンの挙動は、エアレーションタンク末端での溶存酸素濃度の設定に大きく依存することが明らかとなった。
キーワード:内分泌かく乱物質、エストロゲン、下水処理、エアレーションタンク、溶存酸素濃度
3.3 都市排水に含まれるエストロゲン様物質が魚類に及ぼす影響と指標化に関する研究
研究予算:競争的資金(地球環境保全等調査研究費)
研究期間:平14 ~ 平17
担当チーム:水循環研究グループ(水質)
研究担当者:鈴木穣、宮島潔
【要旨】
本研究は、下水処理水やその放流先都市河川において、エストロゲン様物質の影響によって発生していると考えられる魚類の雌性化について、その原因とメカニズムの解明、評価手法の確立を目的とした。本研究の結果、エストロゲン様物質によるメダカへの影響のエンドポイントを性転換とすると、そのときの水中のエストロゲン様活性は、本研究で用いた遺伝子組換え酵母により測定される値で10~20ng/L-E2に相当した。また、分画手法と遺伝子組み換え酵母法による毒性影響評価手法により、下水処理水や河川水中で雄メダカに雄性化を引き起こしている物質としてE1の寄与が高いことが明らかとなった。
キーワード:内分泌かく乱化学物質、エストロゲン様活性、メダカ、現場曝露試験、毒性影響評価手法
研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平11~平17
担当チーム:材料地盤研究グループ(リサイクル)
研究担当者:尾﨑正明、諏訪守、陶山明子
【要旨】
17年度は、PCR法によるクリプトスポリジウムの検出において流入下水からのオ-シストの回収率を向上させることを目的に、試料の前処理法を変更し、その回収率の評価を行った。その結果、流入下水からのオ-シストの回収では、前処理として100Gの粗遠心処理を行うことで回収率は向上するため、検出感度は従来法よりも若干高くなるものと考えられた。ウイルスに関しては低濃度試料に対応した安定した測定値を得るため、現状のウイルスの定量・検出限界値を明らかにするとともに、検出感度を向上させるため濃縮試料中から抽出したウイルス遺伝子の逆転写効率の検討を行った。その結果、逆転写反応に関しては、添加するプライマ-濃度を10μM、鋳型となる遺伝子量を0.5μgとすることで逆転写効率は向上し、検出感度が従来法よりも高くなった。
キーワード:クリプトスポリジウム、オ-シストの回収率、ノロウイルス、リアルタイムPCR法