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17.積雪寒冷地における農業水利施設の送配水機能の改善と構造機能の保全に関する研究

研究期間:平成18年度〜22年度
プロジェクトリーダー:寒地農業基盤研究グループ長 秀島好昭
研究担当グループ(チーム):寒地農業基盤研究グループ(水利基盤チーム)

1.研究の必要性

 北海道にある膨大な農業水利施設基盤を適切な維持・予防保全対策により長寿命化し、計画的な更新を行っていくための技術の確立が急務となっている。このため、水田潅漑施設の送配水機能の評価技術・改善技術の開発、畑地潅漑施設についても先駆的に予防保全技術を構築することが求められている。凍害を含む寒冷地特有の機能劣化の診断技術が必要なほか、泥炭地などの特殊土壌地帯における水路施設について信頼性が高く、経済的な設計法の確立が求められている。最終的に、これらの予防保全技術等を基礎とする補修・改修計画作成手法の確立が必要となっている。

2.研究の範囲と達成目標

 本重点プロジェクト研究では、用水需要変化に応じて効率的に送配水する水利施設の機能と施設の構造的機能の両者を評価し、その機能を改善する技術や計画法を明らかにする。さらに特殊な地盤条件下においても供用性が確保される水路の設計法を確立することを研究範囲とし、以下の達成目標を設定した。
   1) 寒冷地水田潅漑施設の送配水機能の診断・改善技術の開発
   2) 大規模畑地潅漑施設の機能評価と予防保全技術の開発
   3) 道内老朽化水利施設の構造機能診断方法に関する技術ガイドの作成
   4) 老朽化したコンクリート開水路の寒冷地型の補修・改修技術の開発
   5) 特殊土壌地帯における管水路の経済的設計技術の開発
   6) 寒冷地農業用水施設の補修・改修計画作成技術の提案

3.個別課題の構成

 本重点プロジェクト研究では、上記の目標を達成するために、以下に示す研究課題を設定した。
   1) 寒冷地水田潅漑および大規模畑地潅漑に適した送配水機能の診断・改善技術の開発(平成18〜20年度)
   2) 塩害を受けるコンクリート構造物の脱塩による補修方法に関する研究(平成17〜19年度)
   3) 被覆系コンクリート補修補強材料の耐久性に関する研究(平成17〜21年度)

4.研究の成果

 本重点プロジェクト研究の個別課題の成果は、以下の個別論文等に示すとおりである。なお、「2.研究の範囲と達成目標」に示した達成目標に関して、平成18年度に実施してきた研究と今後の課題について要約すると以下のとおりである。

 

(1)寒冷地水田潅漑施設の送配水機能の診断・改善技術の開発

 近年、幹線用水路(送水路)につながる支線用水路系のパイプライン化が進んでいる。パイプライン形式の支線用水路への分水量は、寒冷地水田での水需要で特徴的な大きな日内変動の影響を直接受けるため、支線のパイプライン化に伴い幹線用水路の水位・流量の日内変動も顕著になる。これに起因して同一幹線用水路にある開水路形式の支線用水路への分水量が変動するが、支線系内での配水機能を阻害しない許容変動範囲に関する知見がこれまで示されておらず、どの程度までのパイプライン化が許容できるのかという送配水機能の診断が行えなかった。このような背景から、支線開水路への分水量の許容変動範囲を明らかにするとともに、許容範囲を反映させて送配水機能の診断フローの試案を提示した。平成18年度の研究成果の概要は次のとおりである。
1) 実在の支線開水路の地形条件・水路断面を参考にして、1,000ha規模の開水路系を設計した。これを10区画の2次ブロック(各100ha)に区分した。幹線用水路からの分水工を起点とし2次ブロックへの分水までの区間(1次支線)には不定流解析を、また2次ブロック内の用水路には定常流計算を適用するモデルを作成した。
2) 幹線用水路から支線開水路への分水変動量を数種の水準で与えて1日の配水状況をシミュレーションし、2次ブロック内の水路のフリーボード不足時間帯、水路からの溢水の有無および水田への日配水量の充足度を整理した。その結果、許容変動範囲として±15〜±25%が得られた。
3) 得られた許容変動範囲を反映させて、寒冷地における水田用水施設の送配水機能評価のフロー(案)を示した。

 一般に、送水量の原計画は定常流としての計算に基づくものであり、日内変動が顕著になりつつある水需要の実態を反映させた送配水機能の診断・改善技術として、ここでの提案内容の必要性は高いと期待される。今後、水資源の効率的利用や円滑な送配水管理の実現のため、作成した送配水機能評価のフロー(案)の適用性について継続的な研究を進める。

(2)大規模畑地潅漑施設の機能評価と予防保全技術の開発

 供用を開始して20〜30年経過後の畑地潅漑施設では、その水路システム機能の低下の有無確認、水管理方法の改善点の有無さらに構造物の耐久状況を調査し、予防保全技術を構築していく必要がある。平成18年度の研究成果概要は次のとおりである。
1) 畑地潅漑用パイプラインの機能診断事例を収集した。これらの事例では、管体自体の劣化進行は現時点では問題となっていないが、付帯施設においてマンホールの蓋の破損等による水・冷気の浸入に起因するバルブの錆び・固着、空気弁フロートの破損などがあった。
2) 老朽化が著しい小口径管水路(石綿管)を事例として、経年劣化の要因や漏水発生箇所の傾向を現地調査および資料収集により検討した。約40年供用されてきた管水路は、地域内の各路線で漏水が生じており、その主因は、継手部の劣化・変状と管体自体の劣化であった。地盤種別でみると、第四紀の洪積層上の布設区間で機能低下の頻度が高いことも分かった。

 畑地潅漑システムの機能診断については、予防保全対策の検討に必要な寒冷地特有の劣化の因果関係の体系化を試みる。また、ライフサイクルコストの計算に必要な維持管理費データの収集を行う。また、管水路の経年劣化に関しては、次年度にVP管等の他管種を対象として劣化機構を検証する予定である。

(3)道内老朽化水利施設の構造機能診断方法に関する技術ガイドの作成

 北海道では頭首工数は215箇所にのぼり、そのうち建設してから数十年を経過し、老朽が顕在化する頭首工がみられる。平成18年度は頭首工の凍結融解作用等や流水による劣化状況と現場環境条件を調査し、頭首工の機能診断や補修技術に関する諸元を整理した。その概要は次のとおりである。
1) コンクリートの凍害による劣化は、水分の停滞箇所や移動経路、きっ水部など、湿潤な状態におかれやすい部位で生じていた。また、きっ水部では結氷・融氷の繰り返しによる局所的な剥離・欠損などがみられた。
2) 日射の差に起因して、構造物の各部位での温度日較差の大きさは異なっており、凍結融解回数にも差があることが示唆された。特に、コンクリート南面の初冬における表面温度は、0℃を挟んで1日に30℃程度に及ぶ変化があり、凍結融解だけでなく、補修材と既存施設の熱膨張特性の差にも留意が必要であることがわかった。

 このように、農業水利施設の機能診断や補修工法の適用性の評価を行う場合、構造物の部位ごとに表面温度の日較差、凍結融解回数を考慮する必要がある。今後、補修工法の適用性評価試験で供試体に与えるべき凍結融解回数や温度較差条件などの諸元を整理するとともに、補修工法の適用性に関する現地調査・室内試験を進める。
 また、平成18年度にはコンクリート開水路の耐久性や残寿命の評価法の開発に着手しており、次年度も継続した調査研究を進める。

(4)老朽化したコンクリート開水路の寒冷地型の補修・改修技術の開発

 開水路の部材厚は相対的に薄く、また、水利施設であるため乾燥・湿潤繰返し作用頻度が多いほか、寒冷地特有の凍結融解作用を受け、劣化・老化が促進しやすい。老朽化した開水路の主な補修工法として表面被覆工法があるが、積雪寒冷地への適用技術が充分に確立されておらず、具体的な補修工法を提案する必要がある。平成18年度の研究成果概要は次のとおりである。
1) ウレタン樹脂系材料、セメント系材料、FRPM板の3種の表面被覆補修工法の寒地適用性を確認する現地施工を実施した。補修部の現地観察や冬期の水路に作用する凍上変位や温度環境を開始した。
2) 表面被覆材と既存水路の付着力評価に関する室内試験を開始した。

 今後、試験施工区間における調査・観測を継続して、各補修工法の適用性の検証や、必要に応じての手法の改善を行う。また、室内試験において、補修材の付着力の評価や、現地の水分条件・温度条件を考慮した付着力評価手法に関する研究を進める。

(5)特殊土壌地帯における管水路の経済的設計技術の開発

 泥炭地地盤では融雪期に地下水位が高く、落水後の管内が空虚のままである埋設管路では浮上抑止対策が必要である。平成18年度は室内試験等によりジオグリッド(ネット状のジオテキスタイル)を用いた浮上抑止対策工法の機能を評価した。その概要は次のとおりである。
1) 3種類の断面(管上の埋め戻し土をジオグリッドで逆台形型に完全に包む場合、逆台形型の上底はジオグリッドを設けない場合、ジオグリッドを全く使わない場合)で埋設した管体を強制的に引き上げて、浮上抵抗力を測定した。地盤試料は高圧縮性模擬土と泥炭、火山灰質砂の3種類を使用した。
2) 浮上変位量が数mmと小さい領域では断面による荷重の差は小さいが、20mm程度の変位量に達した後は、標準タイプ、管頂高さのジオグリッドがないタイプ、ジオグリッドがないタイプの順に大きな浮上抵抗力を示した。
3) 高圧縮土を対象とした埋設管の浮上抵抗力は傾斜すべり面を想定して検討するのが妥当である。

 次年度以降、許容できる浮上変位の大きさや滑り面の形状を反映させて、ジオグリッド敷設による有効上載荷重増加効果の定量的な解析を行う。

(6)寒冷地農業用水施設の補修・改修計画作成技術の提案

 農業水利施設の予防保全対策による維持管理のためには、送配水機能診断と構造機能診断の結果を総合的に検討し、また、施設の劣化予測や予防保全の緊急度を評価する技術を確立する必要がある。平成18年度は畑地潅漑用のパイプラインの機能診断事例を基に、補修・改修計画作成技術の確立のために今後必要とされる知見・情報を整理した。また、気象データやコンクリート表面温度の現地観測データの解析を進めた。

個別課題の成果

17.1 寒冷地水田潅漑および大規模畑地潅漑に適した送配水機能の診断・改善技術の開発

研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平18〜平20
担当チーム:水利基盤チーム
研究担当者:中村和正、大深正?、山田修久

【要旨】
 水田用水幹線水路の水位・流量変動に起因する支線開水路への分水量日内変動の許容変動範囲をシミュレーションにより事例的に明らかにした。この許容範囲を反映させて、幹線水路の送配水機能の診断フローの試案を作成した。また、3地区の畑地潅漑用パイプラインの機能診断事例を収集した。それによるとバルブ等の付帯施設における錆びの進行やそれに起因した開閉不良などが共通して生じていた。さらに、老朽化が著しい小口径管水路の経年劣化の要因や、漏水発生箇所の傾向を現地調査および資料収集により検討した。約40年供用されてきた管水路は、地域内の各路線で漏水が生じており、その主因は、継手部の劣化・変状と管体自体の劣化であった。また、地盤種別でみると第四紀の洪積層上の布設区間で、機能低下の頻度が高いことも分かった。

キーワード:水田潅漑、畑地潅漑、水管理、機能診断、石綿セメント管


17.2 農業水利施設の構造機能の安定性と耐久性向上技術の開発

研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平18〜平22
担当チーム:水利基盤チーム
研究担当者:中村和正、大深正?、田頭秀和、小野寺康浩、佐藤大輔、横木淳一

【要旨】
  老朽化した水利施設の機能診断方法に関する研究では、頭首工の各部位が冬期間にさらされる温度や劣化状況を調査した。日射をうけるコンクリートの南面の表面温度は、0℃を挟んで1日に30℃程度の変化があった。劣化状況の調査では、きっ水部における結氷・融氷の繰り返しによる局所的な剥離・欠損などがみられた。それゆえ、農業水利施設におけるコンクリート構造物の機能診断や補修工法の適用性の評価を行う場合、水分条件や表面温度の日較差、凍結融解回数などについて、構造物の部位ごとの相違を反映させるべきである。
  また、開水路の表面補修工法の開発に関しては、タイプの異なる3種の工法を用いて試験施工を実施し、現地適用性検証のための観測・調査を開始した。
  さらに、特殊土壌地帯における管水路の経済的設計技術に関しては、泥炭地盤においてジオグリッド(ネット状のジオテキスタイル)による埋設管浮上防止工法の機構解明のための土槽実験を行った。実験では、3種類の断面(管上の埋め戻し土をジオグリッドで逆台形型に完全に包む場合、逆台形型の上底はジオグリッドを設けない場合、ジオグリッドを全く使わない場合)で管体を埋設し、地盤試料は高圧縮性模擬土と泥炭、火山灰質砂の3種類を使用した。その結果、管の浮上に伴い生じる管上のすべり面の形状や管に作用する浮上抵抗力は、地盤材料やジオグリッドの巻き立てパターンによって異なることを明らかにした。泥炭地盤において、ジオグリッドの巻き立てパターンごとに有効な浮上抵抗力の算定方法は、今後検討する。

キーワード:頭首工、開水路、表面被覆補修工法、埋設管、泥炭、ジオグリッド


 

17.3 農業用水利施設の補修・改修計画技術に関する研究

研究予算:運営費交付金(一般勘定)
研究期間:平18〜平22
担当チーム:水利基盤チーム
研究担当者:中村和正、大深正?、田頭秀和、小野寺康浩、佐藤大輔、横木淳一、山田修久

【要旨】
 機能診断事例の分析を行い、積雪寒冷地における機能診断・予防保全対策検討手法の改善のためには、各種劣化の因果関係の解明とそれに基づいた劣化の時間的進行パターンの解明、個々の劣化・変状と水利施設の機能低下の影響範囲の把握を進めることが重要であることを示した。また、水利施設がうける凍結融解回数には、北海道内でも地域特性があること、日射等の影響により同一構造物での局所的に差が生じうることを示した。このことは、機能診断や補修方法の検討の際に、開水路側壁の左右岸といったコンクリートの方位面の違いなどを考慮する必要性を示唆している。

キーワード:農業水利施設、機能診断、予防保全、凍結融解