センター長からのメッセージ

質の高い社会

 2015年2月に改訂された日本の政府開発援助(ODA)大綱では、新たな方向性として包摂性、持続可能性、強靱性で定義される「質の高い成長」が打ち出された。その約半年後に国連で合意された2030アジェンダの前文では、「だれ一人取り残さない」という包摂性を宣誓し、「持続的かつ強靭(レジリエント)な道筋への移行」を決意している。そして2022年4月、熊本市で開催された第4回アジア・太平洋水サミットの成果文書「熊本宣言」では、強靭性、持続可能性、包摂性を兼ね備えた「質の高い社会」への変革が謳われた。

 「質の高い社会」の構成要素は何であろうか。経済学者の宇沢弘文は、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置を社会的共通資本と定義している。この社会的共通資本は、道路・河川・都市などの社会的インフラストラクチャーに加えて、大気・陸地・海洋などの自然環境や、教育・医療・金融などの社会的制度資本から構成されるとしている。近年、気候関連財務情報開示に関するタスクフォース(TCFD)の提言に基づく企業活動が活発化している。また、国際会計基準(IFRS)においては、サステナビリティや気候関連の開示に関する基準づくりも進められている。これらの動向に鑑みると、宇沢の考えが公共セクターのみならず、民間セクターにも及んできていることが汲み取れる。

 「質の高い社会」の構築にはどのような人材が必要であろうか。宇沢によれば、社会的共通資本は職業的専門家集団により、専門的知見と 職業的倫理観にもとづき管理、運営されるべきとされている。さらに、我が国の新たな治水政策である「流域治水」では、全てのステークホルダーの協働が強調されている。「全てのステークホルダーによる」は、言うまでもなく「誰かがやるのだろう」という意味でなく、それぞれの分野に責任を持つ専門家集団の相互連携と、市民や企業との協力を求めている。そのためには、幅広い分野の科学的知識を統合化し、地域に根付く歴史や文化、経験と組み合わせて、地域の取り組みの推進を支える人材、触媒的存在であるファシリテータの育成が必要である。

2022年4月28日
水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)センター長
小池 俊雄